弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多い管理職/変形労働時間制の適用対象になっている管理職の残業代

1.管理監督者

 管理監督者(労働基準法41条2号)には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません。結果、時間外勤務をしても、残業代が支払われることはありません。

 行政解釈上、管理監督者とは「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と理解されています。裁判例の傾向としても「下級審裁判例の多くは、基本的には上記行政解釈を踏まえ、おおむね①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②事故の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めている」とされています(以上括弧内について、佐々木宗啓『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕172-173頁参照)。

 このうち、①、②の要素に関連して、目を引く裁判例が判例集・判例データベースに掲載されていました。東京地裁平31.3.28労働判例ジャーナル91-52ホテルジャパン事件LEX/DB25563314です。

2.ホテルジャパン事件

(1)事案の概要

 本件はホテルの元支配人の方が原告となって、勤務先であったホテルを被告とし、残業代等を請求した事件です。支配人の管理監督者性が争点の一つとなりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、上記①~③の各要素を検討したうえ、原告の管理監督者性を否定しました。読んでいて汎用性がありそうだと思われたのは、①、②の要素に関する判断で、その要旨は次のとおりです。なお、「軽井沢サロン」とあるのは、原告が勤務していたホテル・レストランです。

-経営者との一体性-

「軽井沢サロンは、比較的小規模ではあるが、被告が運営する7施設のうちの一つであって・・・、被告の経営上重要な組織単位であるといわざるを得ない。そして、支配人はその軽井沢サロンに配置された従業員の長として、人材の募集に関する業務、経理報告業務、集客のための企画立案等の業務、施設管理に関する業務をしていたのであり・・・、軽井沢サロンの運営に関する責任者としての職責を担っていたといえる。また、支配人は、従業員の採用に関し、その雇用形態を問わず、採用面接をした上、その中から採用するのが相当な者を選定して被告本部に推薦し・・・、従業員の昇格に関しても、昇格させるべき者を選定して被告本部に推薦していたのであり・・・、軽井沢サロンの人事について一定の権限を有していたということができる。さらに、原告は、CADが作成した勤務表を確認、修正したり、従業員から提出された就業カード、日報等を確認したりしていたのであり・・・、支配人の上記の職責に照らすと、労務管理についても一定の責任及び権限を有していたものと推認される。」
「しかしながら、その職務の内容についてみると、原告は平成28年3月頃からは食事の準備や施設の清掃等の一般従業員と同様の業務に従事することが多くなったのであるが・・・、軽井沢サロンは恒常的に人員不足の状況にあり・・・、繁忙期(夏季)には前記3で認定したとおり原告の労働時間数が飛躍的に増加していること(5月以降は1日の時間外労働時間数が3時間を超える日がそれより前に比べて明らかに増加している。)に照らすと、軽井沢サロンの支配人の業務には、一般従業員と同様の業務に従事することが含まれており、その割合は閑散期と繁忙期とで差異があるとしても年間を通じてみると小さくなかったと推認される。
「また、支配人の人事に関する権限についてみると、パート従業員の採用については原告が推薦した者は全て採用されており原告の判断が尊重されていたといえるが、正社員の採用については原告が推薦した者のうち正社員として採用されなかったことがあり・・・、加えて施設長ミーティングにおいて被告本部の社長室長が支配人に対して採用申請に当たっての留意点等を指導していたとうかがわれること・・・、従業員の昇格について原告が推薦した者は昇格しなかったこと・・・に照らすと、これらの事項について原告の判断が尊重されていたとまでは認め難い。これに加えて、被告本部においても別途正社員を採用しており、被告本部で採用された従業員が軽井沢サロンにも配置されていたこと・・・も考慮すると、支配人の人事に関する権限は制限されたものであったというべきである。また、軽井沢サロンでは、営業状況表や各従業員の日報等を逐一被告本部に提出し、各従業員の日報等の内容に関して役員等が必要に応じて指導することがあったこと・・・に照らすと、支配人の軽井沢サロンの運営管理に係る裁量も相当程度制限されていたことがうかがわれる。」
「なお、原告が出席していた合同会議では、JTCCグループの本部及び被告本部が設定した目標、各施設における目標や運営改善のための施策の実施状況等が共有されていたとはいえるが・・・、これを超えて経営に関する重要な事項が決定されていたと認めるに足りる証拠はない。」
「これらの諸点に照らすと、軽井沢サロンの運営や人事労務管理に関する支配人の責任及び権限は、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけのものであったと評価するのは困難である。」

-労働時間の裁量-

「原告は、少なくとも出退勤時間等が記載された就業カードについては前任の支配人と同様に被告本部に提出しており・・・、被告では支配人の労働時間を把握していたということができるが、この一事をもって支配人が自己の裁量によって労働時間を管理することが許容されていなかったということはできない。また、前記のとおり勤務表の作成権限は支配人にあったといえる。」
「しかしながら、前記のとおり軽井沢サロンは恒常的に人員が不足しており、繁閑によってその程度に差があるものの支配人も一般従業員と同様の業務に従事する必要があったこと、本件労働契約に係る労働条件通知書では基本給に『45時間以内の残業代を含む』とされており・・・、本件労働契約上、法定労働時間を超えて業務に従事することが予定されていたといえること、被告では1年単位の変形労働時間制に関する労使協定が締結されており、支配人はその対象から除外されておらず・・・、上記労働条件通知書にも労働時間は『変形労働時間制による勤務シフト』によるものとされていること・・・に照らすと、支配人に自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたとは認められない。
「これに対し、被告は、本件労働契約に係る労働条件通知書・・・の労働時間等の記載は、一般従業員の労働条件通知書を流用したためであるなどと主張するが、この点に関する具体的な立証はないし、かえって本件労働契約に係る労働条件通知書の記載は上記のとおり変形労働時間制に関する労使協定において支配人が対象から除外されていないことに整合するものであることにも照らすと、被告の上記主張は採用することができない。」

3.裁判例の活用方法

(1)人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多い方へ

 ネット上に、

「働き方改革施行から半年経っても中間管理職の残業量が変わらない理由」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191024-00010007-dime-soci

 記事には、

「4月以降も6割の中間管理職が『残業時間は変わらない』と回答、部署の傾向と乖離

4月の働き方改革関連法の施行以降、6割以上の中間管理職の残業時間が『変わらない』、1割以上が『増加した』という結果になった。

中間管理職の残業が増えた理由は『部下のサポート業務』が6割
残業が『とても増えた』『やや増えた』と回答した人にその内容を尋ねる調査が行われたところ、最多が『所属部署・課における管理業務』(71.7%)、次いで「部下のサポート業務」(58.5%)となった。」

「 部下のサポートにおける業務負荷『増えた』3割
回答者全体を対象に、部下の残業時間削減のために自身の仕事量に影響が出たか尋ねる調査が行われたところ、『仕事量の増加を感じる』との回答が3割を超えた。メンバーの業務負荷を一部、管理職が負担していることが推察される。

といったアンケート結果が掲載されています。

 部下の残業時間削減のため、その業務負荷を肩代わりしている管理職の方は、相当数いるのではないかと思います。

 今回ご紹介した裁判例は、支配人(管理職)とはいっても、人員不足で一般従業員と同様の業務に従事することが多かったことを管理監督者性を否定する根拠として指摘しています。

 部下の残業時間削減のしわ寄せを受けて、部下と同様の業務を多く処理するような状態になっている方は、管理監督者としての実質が失われているとして、残業代を請求できる可能性があると思います。

(2)管理職であるはずなのに、なぜか変形労働時間制が適用されている方へ

 裁判例を読んでいて、管理監督者であるはずの支配人に変形労働時間制が適用されていたという箇所に目を引かれました。

 本件で適用されていたのは、1年単位の変形労働時間制という仕組みです。

 これは、

「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の労働時間の短縮を図ることを目的にした」

仕組みです。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/newpage_00379.html

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501874.pdf

 これを適用するには対象期間における労働日及び労働日ごとの労働時間を労使協定で定める必要があります(労働基準34条の4第1項4号)。

 労働日ごとの労働時間が指定される仕組みの対象にするわけですから、この制度の適用対象にするということは、②労働時間の裁量の部分を自ら潰す行為であり、管理監督者性を主張する使用者にとって自滅行為であるように思われます。

 管理監督者扱いされているのに、なぜか変形労働時間制の適用を受けている、そういった方に関しては、比較的残業代を請求し易いかもしれません。

4.管理職の方へ

 残業代が支給されないことに違和感を持ちながら働いている方は、決して少なくないのではないかと思います。

 管理監督者性は、それほど広範に認められるものでもないので、疑問をお持ちの方は、弁護士に残業代の請求の可否を相談してみても良いだろうと思います。東京近郊にお住まいの方に関しては、私でご相談に応じさせて頂くことも可能です。