弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

廃棄食材の持ち帰りを理由とする懲戒免職処分の可否-標準例の枠内でなされた懲戒免職処分が取り消された例

1.公務員の懲戒処分の取消訴訟

 公務員に対する懲戒処分が違法となる場合について、最三小判昭52.12.20労働判例288-22 神戸税関事件は、

「公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。

と判示しています。

 平たく言うと、

「処分が社会観念上著しく妥当を欠(く)

という極限的な場合にしか違法にならないということです。

 このような仕組みがとられているため、公務員の懲戒処分が違法無効であるとして取り消されることは、実務上、それほど多くはありません。

 特に、当該公務員に対して行われた懲戒処分が、懲戒処分の標準例の範囲に収まっている場合は猶更です。標準例というのは、代表的な非違行為の類型と、それぞれにおける標準的な懲戒処分の種類を結び付けたものといいます。国家公務員の場合、「懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職―68)」がありますが、地方公務員の場合にも、似たような標準例が定められています。

懲戒処分の指針について

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、処分量定が標準例に収まっていながらも処分量定が「重きに失する」として取り消された裁判例が掲載されていました。名古屋地判令6.7.22労働経済判例速報2562-7 名古屋市・市教育委員会事件です。

2.名古屋市・市教育委員会事件

 本件で原告になったのは、学校給食の調理員として勤務していた地方公務員の方です。

「令和4年2月3日、A小学校・・・の調理場において、勤務中、保存食として冷凍保存されていた油揚げ2袋、クロワッサン1個及びリンゴロールパン1個・・・を、自宅に持ち帰り食べることを目的として、自分の鞄に入れた」

という非違行為により、

懲戒免職処分、

一般の退職手当等(1149万1148円)の全部を支給しないこととする本件退職手当不支給処分

をされたため、これら各処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 直観的にやりすぎであるのは確かなのですが、「名古屋市教育委員会における懲戒処分の取扱方針」では「公金又は物品を窃取した職員」について「免職」と定められていました。

 このような事実関係のもと、本件では処分量定の適否が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分は重きに失しているとして、処分は違法であるとし、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件非違行為は、学校給食の調理員であった原告が、公金物である保存食を窃取したというものであるが、窃取の対象物である本件物品は、油揚げ2袋及びパン2個であり・・・、その財産的価値自体は少額であって、その数も比較的少量にとどまる。また、本件非違行為の当時、本件物品4点のうち3点は保存期間が経過しており、その余の1点も保存開始から6日程度経過していたというのであり、それを検査等に使用することが必要となっていたことはうかがわれないから・・・、近い時期に廃棄されることが見込まれていたものと認められる。これらのことからすれば、財産的損害の点から見た本件非違行為の結果は、相当に軽微なものであるといわざるを得ない。」

「他方で、安全な給食を提供する役割を担う学校給食の調理員が保存食を窃取する行為は、必ずしも財産的損害の程度にかかわらず、学校給食の衛生管理の適正な遂行及びこれに対する市民の信頼を損なう結果を生じさせ得るものである。しかしながら、このことを踏まえても、本件非違行為は一回的行為であり、原告が本件非違行為のほかに保存食等を窃取していたことを認めるに足りる的確な証拠もないことに加え、保存食の検査等のための本件物品の使用が現実に必要となったことはうかがわれないことを考慮すると、本件非違行為による公務の遂行及びこれに対する市民の信頼の失墜の程度が重大であるとまではいえない。」

「さらに、上記・・・のとおり、本件非違行為及び本件懲戒免職処分については、市教委の公表に基づく報道がされていることは認められるものの、原告が出勤しなくなかったことによる人員調整等の支障及び本件非違行為による他の調理員の信頼関係の毀損を除くと、本件非違行為により、被告の業務に具体的な支障が生じたことはうかがわれない。」

「これらのことからすると、原告が、保存食を含む公金物の窃取が懲戒免職処分の対象となる行為である旨の注意喚起を受けていたにもかかわらず、明確な窃取の意思の下で、自己中心的な動機に基づいて本件非違行為に及んだものと認められること・・・などの被告指摘の事情を踏まえても、本件非違行為が免職を相当とする程度の非難可能性のある行為と評価することはできないというべきである。」

「本件非違行為は、本件取扱方針にいう『公金又は物品を窃取した』に該当し、その処分の量定の標準例は『免職』と定められている。しかしながら、一般に、窃取行為による財産的損害の多寡は、その非難可能性の程度に影響を及ぼす重要な要素であるところ、本件取扱方針においても、個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる量定以外とすることもあり得るとされていることや、免職は懲戒処分の中で最も重い量定であって、本件取扱方針に掲記された各非違行為についてみても、標準例として免職以外の量定が定められているものが少なくないことに照らすと、公金物の窃取に係る上記の標準例は、窃取行為による結果が軽微であることなどにより、処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情が認められる場合には、免職以外の処分を選択することを想定したものであると解される。上記・・・で検討したとおり、本件非違行為については、財産的損害の点から見た結果が相当に軽微であり、他にその結果や態様等の悪質性について重大視すべき事情は認められないことに照らせば、本件取扱方針の標準例に従って処分の量定として免職を選択することが相当でないと評価すべき事情があるというべきである。このことに加え、上記・・・のとおり、原告が過去に懲戒処分歴を有しておらず、本件非違行為の後に謝罪や反省の態度を示していることなどの各事情を総合的に考慮すれば、原告に対し、免職を選択することは重きに失するものといわざるを得ない。本件懲戒免職処分は、これらの事情を看過してされたものであって、社会通念上著しく妥当を欠き、処分行政庁において、その裁量権の範囲を逸脱したものと認めるのが相当である。」

「したがって、本件懲戒処分は違法である。」

3.標準例の枠内でも取り消されることはある

 本件は報道された事案でもありますが、一般の方は、本件で懲戒免職処分は行き過ぎであり、取り消されるのは当たり前だと思われるかも知れません。

 しかし、弁護士の目からすると、これは決して当たり前ではありません。

 最初に述べたとおり、懲戒処分には処分行政庁の広範な裁量が認められるため、これが違法になることは滅多にありません。標準例から逸脱した重い処分でも違法になりにくいのが実情であり、処分量定が標準例の枠内にある場合に懲戒処分が違法になるのは極めて珍しいことです。

 本件は標準例の枠の中でも懲戒免職処分が違法になることを実証した稀有な例として、実務上参考になります。