弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

夜間時間帯は全体として労働時間に該当するわけではないという争い方が裏目に出た例

1.夜勤時間帯における賃金単価が最低賃金以下とされた例-その後

 以前、

夜間時間帯における割増賃金算定のための賃金単価を最低賃金以下にすることを認めた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で紹介した、千葉地判令5.6.9労働経済判例速報2527-3 社会福祉法人A事件は、

夜勤(午後9時~翌日午前6時、休憩1時間)1日につき6000円の夜勤手当が支払われていたという事実関係のもと、

「被告における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。」

と判示しました。

 これは最低賃金を下回る水準で賃金単価を設定することを認めたもので、高裁でも維持されるかは甚だ疑問だと指摘しました。

 その後、控訴審の行方を注視していたのですが、やはり高裁で破棄されたようです。近時公刊された判例集に控訴審判決が掲載されていました。東京高判令6.7.4社会福祉法人A事件です。

2.社会福祉法人A事件

 本件はいわゆる残業代(割増賃金)請求事件です。

 被告(被控訴人)になったのは、千葉県○市内において、複数の福祉サービス事業所を運営している社会福祉法人です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、グループホームで入居者の生活支援業務を担っていた方です。原告と被告との間では夜勤(午後9時~翌日午前6時、休憩1時間)1日につき6000円の夜勤手当が支払われていましたが、夜勤時間帯の割増賃金が支払われていないとして、被告を提訴したのが本件です。

 原審が賃金単価を750円として残業代を計算したことに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、原審が採用した被告の主張を排斥し、原告の主張に基づいて判決を変更しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする旨の賃金合意があったから、夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は750円となると主張する。」

「しかし、被控訴人は、これまで、グループホームの夜勤時間帯に被控訴人の指揮命令下で生活支援員が行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し・・・、本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたものであって、控訴人と被控訴人との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊まり勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない。

労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

3.足元を掬われて時間単価750円が否定されたのは良いが・・・

 本件の被告(被控訴人)は、

緊急で業務が発生した場合に実労働時間を残業時間として取り扱う運用をしていた

夜勤手当は労働密度の薄い夜間時間帯における待機的拘束の対価である、

という主張をしていました。

 控訴審が採用したロジックは、

6000円が労働時間における労働の対価でないなら、時間単価が6000円÷8時間になることもないだろう、

というもので、極めて素直な判断だと思います。当たり前のようにも思えますが、時給750円を認めた原審判断が破棄されたのは良かったと思います。

 ただ、裁判所は、上述のとおり判示する一方、夜間時間帯に日中時間帯とは異なる時間給の定めを置くこと自体は許容しました。こうした判断がなされると、夜間時間帯の時間給を日中時間帯に比して極端に低くする事例の出現が懸念されます。そうした賃金設定の合意には一定の制限が課せられてはいますが、判決の影響については、今後とも注視して行く必要がありそうです。