1.労働者性の判断基準
労働基準法を始めとする労働関係法令の適用の可否は、ある働き方をしている人が「労働者」に該当するのか否かによって判断されます。そのため、ある人が「労働者」か否かという問題は、実務上、極めて重要なテーマとなています。
ある人が「労働者」か否かを判断するにあたっては、昭和60年12月19日に厚生労働省の労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」という文書が影響力を持っています。行政実務でも裁判実務でも、労働者性が認められるのか否かは、ここに書かれている基準に沿って判断されています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf
研究報告によると、労働者性の有無は、雇用契約、請負契約といった形式的な契約契約のいかんに関わらず、実質的な使用従属性が認められるのか否かによって判断されます。
この「使用従属性」という概念を構成する重要な要素の一つに、
業務上の指揮監督の有無
拘束性の有無
というチェックポイントがあります。
それぞれのチェックポイントについては、次のとおり解説が加えられています。
・業務上の指揮監督の有無
「業務の内容及び遂行方法について『使用者』の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。なお、管弦楽団員、バンドマンの場合のように、業務の性質上放送局等『使用者』の具体的な指揮命令になじまない業務については、それらの者が放送事業等当該事業の遂行上不可欠なものとして事業組織に組み入れられている点をもって、『使用者』の一般的な指揮監督を受けていると判断する裁判例があり、参考にすべきであろう。」
・拘束性の有無
「勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である。しかしながら、業務の性質上(例えば、演奏)、安全を確保する必要上(例えば、建設)等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があり、当該指定が業務の性質等によるものか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものかを見極める必要がある。」
典型的な労働契約というのは、上記の記載にもあるとおり、
使用者の具体的な指揮命令を受けているし、
労働者は時間的場所的に拘束されている、
というものです。
しかし、近時、働き方が多様になってきており、
あるチェックポイントでは積極に理解されるものの、
別のチェックポイントでは消極に理解される
といったように、労働者性の判断基準として掲げられている各要素がモザイク的である例が、かなり頻繁に見られるようになってきています。
このモザイク類型の労働者性の判断は難解で実務家の悩みの種になっているのですが、近時公刊された判例集に、
時間的場所的拘束性が強かったとはいえない
としながらも、
指揮命令下で業務に従事していた
ことを労働契約成立の根拠の一つとして指摘した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.2.28労働判例ジャーナル151-44 小野寺事件です。
2.小野寺事件
本件で被告になったのは、とび・土工・コンクリート工事等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、令和2年4月24日に被告との間で契約を締結し、鍵交換、看板製作、パンフレット製作等の業務に従事してきた方です。原告は、この契約が労働契約であると主張し、未払賃金や割増賃金、休業手当、付加金、立替費用などを請求する訴えを提起しました。
これに対し、被告は、
「原告は、Cを介して委託された個々の業務を行ったにすぎず、契約の相手方の如何にかかわらず、その業務形態は業務委託又は請負であり、労働契約ではない。」
「個々の業務の発注者は、それぞれ、本件鍵交換については被告、本件看板製作については有限責任事業組合G(以下『G』という。)、本件パンフレット製作については株式会社H(以下『H』という。)、本件USBメモリ交付についてはJ(以下『J』という。)、本件名刺作成についてはC及びEである。」
などと主張し、原告との契約が労働契約であることを争いました。
これに対し、裁判所は、次の通り述べて、原告と被告との間の契約は、労働契約であると判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和2年4月24日、Cと面談した際、賃金を時給1650円、原告が業務に関し支出した経費及び交通費については別途支払を受けるとの条件で労働契約(本件労働契約)を締結した旨主張し、これに沿う供述をする・・・。」
「原告のスケジュール帳には、同日付けで、『(株)小野寺正式雇用』、『16050円(時給)』、『電車ルート金額』、『自転車置場調べ』など原告の供述に沿う記載がある・・・。また、原告は、Cとの面談の翌日、面談に立ち会ったJとの間で、原告の就職先が決まったことを前提としたメッセージのやりとりを行っており・・・、両者の間では、原告の雇用が決まったという認識が共有されていたことがうかがわれる。」
「原告は、被告本社事務所のほかに、原告宅でも作業しており・・・、原告の述べるところによっても、始業時間や終業時間の定めはなかったというのであるから・・・、勤務場所及び勤務時間の拘束性が強かったとはいい難い。しかし、原告は、本件サポート事業の資料の作成や打合せに加え、Cの依頼に応じて、被告本社事務所入口の鍵の交換(本件鍵交換)から被告本社事務所の電話回線及びネット回線の開設並びにαビル1階の看板の修正まで、様々な業務に従事しており・・・、Cからの依頼を拒否したといった事情は見当たらない。これらの事実に照らせば、原告は、Cの指揮命令の下で業務に従事していたことがうかがわれる。」
「以上によれば、原告の上記供述は信用することができ、原告は、令和2年4月24日、Cと面談した際、賃金を時給1650円、原告が業務に関し支出した経費及び交通費については別途支払を受けるとの条件で労働契約(本件労働契約)を締結したものと認められる。」
3.時間的場所的拘束性<指揮命令関係
労働者性の判断を難しくしているのは、各考慮要素の優劣関係が分かりにくいことも関係しています。
そのため、各考慮要素の優劣を推知できるような裁判例の存在は貴重なのですが、裁判所は、
時間的場所的拘束性が強かったとはいえなくても、様々な業務に従事していて仕事を拒否した事情がなければ、それは指揮命令下での業務従事といえるから、その働き方は労働契約性を基礎付けるのだ、
という趣旨の判断をしました。要するに、時間的場所的拘束性よりも、指揮命令関係を優位に置いたということです。
この裁判所の判断は、時間的場所的な拘束がはっきりとは決まっていないものの、事実上、種々の仕事がたくさん降って来ていて、それに従事していたという方への労働法の適用を主張するにあたり、活用して行くことが考えられます。