弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-ATMに置き忘れられていた3万円の窃取は懲戒免職を正当化するほど重大な非違行為なのか?

1.懲戒処分の処分量定

 公務員に限った話ではありませんが、懲戒処分には軽重があります。そして、懲戒処分の軽重は非違行為の軽重と相関する関係にあります。非違行為が重大であればあるほど重い懲戒処分になり、非違行為が軽微であればあるほど軽い懲戒処分になるといったようにです。

 それでは、ATMに置き忘れられていた現金3万円の窃取は、窃盗としてどのレベルに位置付けられるのでしょうか? 懲戒免職処分を正当化するほど重い非違行為と言えるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を扱った裁判例が掲載されていました。東京地判令4.7.14労働判例ジャーナル133-38 国・陸上幕僚長事件です。

2.国・陸上幕僚等事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の2等陸曹の方です。銀行の〇駅東口出張所(本件出張所)において、他人がATM付近に置き忘れた現金3万円を窃取したとして(本件規律違反行為)、懲戒免職処分、退職手当支給制限処分(全部不支給)を受けました。

 これに対し、懲戒免職処分(本件処分)は重きに失すると主張し、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分を行った懲戒権者(陸上幕僚長)の判断に裁量の逸脱、濫用はないと判示しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「公務員に対する懲戒処分について、法に定める懲戒事由がある場合に、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁参照)。」

「陸上自衛隊においては、前記・・・のとおり、懲戒処分基準達が懲戒処分の種類及び程度を決定するために必要な基準を具体的に定めている。これは、懲戒処分の公平性を担保し、懲戒権者の判断が恣意に流れることのないように、自ら判断の基準を定めたものと解されるから、懲戒権者は、懲戒処分を行う場合、原則として、懲戒処分基準達に従って懲戒処分を選択すべきものと解される。」 

「本件規律違反行為は、原告が、銀行出張所内において、他人が同所のATM付近に置き忘れた現金3万円を窃取したというものであるから、本件別表『4 私的行為に関する違反』のうち『(26)窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等』に当たる。そこで、この点に関する本件別表記載の適用基準の定めに照らして、本件規律違反行為が、処分基準として『免職』が定められている違反態様が『重大な場合』、処分基準として『停職の重処分』が定められている違反態様が『軽微な場合』、又は処分基準として『軽処分』が定められている違反態様が『極めて軽微な場合』のいずれに当たるかを検討する。

・懲戒処分基準達への当てはめ

・適用基準への当てはめ

「本件別表『4 私的行為に関する違反』のうち『(26)窃盗・詐欺・恐喝・単純横領等』における処分基準は、隊員が公金官物以外の財物について窃取、詐取、喝取、横領に該当する行為を行った場合に適用するとされ、その適用基準においては、違反態様が『重大な場合』、『軽微な場合』又は『極めて軽微な場合』のいずれに該当するかは、『損害の有無及び程度、違反者の地位階級、違反行為の内容並びに部内外に及ぼす影響等を考慮して判断するもの』と規定されている。そして、各場合についての一応の基準として、『『重大な場合』とは、隊員としての品位を著しく傷つけ、又は自衛隊の威信を著しく損する場合をいう。』、『『軽微な場合』とは、『重大な場合』に至らないが対象金額が低い場合、違反行為の内容が悪質ではない場合又は財物を一時使用した場合をいう。』、『『極めて軽微な場合』とは、『軽微な場合』には至らないが対象金額が極めて低い財物を窃取した場合又は占有離脱した財物を横領した場合をいう。』と規定されている。」

「以上を踏まえて検討するに、本件被害金の金額は3万円であり、社会観念上それなりに高額であるということができ、『軽微な場合』の例として挙げられている『対象金額が低い場合』には当たらない。

「原告の地位階級は、幹部自衛官ではないものの、准曹士自衛官の中位である2等陸曹であり、前記・・・のとおり、陸士を教育、指導し、上位階級を補佐する立場にあり、中堅の自衛官として、その地位階級にふさわしい振る舞いが求められていたということができる。」

「本件規律違反行為の内容についてみても、本件被害者が銀行出張所内に本件被害金の入った封筒を置き忘れたという偶然の状況を前提とするものではあるが、上記封筒が、前記・・・のとおり個室状に区切られたスペースに設置されていたATM付近にあったことからすれば、少なくとも本件出張所の設置者である銀行の本件被害金に対する事実的支配はいまだ強固であったと認めることができるから、上記銀行による事実的支配が相対的に弱い状態であったという原告の主張は採用することができず、本件規律違反行為が、占有離脱物横領に類するような窃盗行為の中で特に軽微なものであったということはできない。」

「さらに、本件規律違反行為は、原告が、封筒を手に取った際に、厚みを感じて現金が入っているのではないかと思いつつ、これを持ち去った・・・)という故意行為である(未必の故意であっても、故意行為であることには変わりがない。)。以上に加えて、

〔1〕原告の家計が、月額給与の手取額に相当する住宅ローンの返済等の固定的な支出を抱えており、親族の経済的な援助も期待することができず、妻も精神疾患があって就労ができなかったこと・・・、

〔2〕原告が、本件被害金を、本件規律違反行為の翌月に行った引越し代金約16万円の支払の一部として費消し、本件規律違反行為の約6か月後に警察から呼出しを受けるまで何らの申告をもしなかったこと・・・、

〔3〕封筒の中に現金が入っているのではないかと思いつつ当該封筒を持ち帰った理由について、原告自ら『ちょっと現金が必要だった』と述べていること・・・

を併せ考慮すると、本件規律違反行為は、行為の時点では確定的なものではなかったにせよ、本件被害金を、引越し代金を含む家計支出に当てる目的で行われたものであることが推認される。したがって、本件規律違反行為の時点では、本件被害金をアパートの引越し代に当てるつもりはなく、『アパートを引っ越すときにちょっと手持ちがなかったので、ちょっと拝借をしてしまっ』た旨の原告の供述・・・は採用することができない。」

「以上からすれば、本件規律違反行為は、『軽微な場合』の例として挙げられている、『違反行為の内容が悪質ではない場合』又は『財物を一時使用した場合』のいずれにも当たらない。

(中略)

本件規律違反行為は、懲戒処分基準達によれば、免職相当ということになる。そして、前記・・・のとおり、陸上自衛隊において、本件処分に近い時期に、被害額が同等以下の窃盗行為を理由とする免職処分が複数されており、停職処分がされた事例もあるものの、停職処分がされた事例の中に、被害額が本件と同等のものは見当たらないという、同種の事案に対する処分の傾向を踏まえても、懲戒権者である陸上幕僚長の裁量権の行使に基づく本件処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものということはできない。

したがって、本件処分は、適法なものであったというべきである。

3.裁判所の見方は厳しい

 ATM内に置き忘れられていた3万円を持ち去ったことは不適切であることは言うまでもありません。

 しかし、直観的には懲戒免職にするほど高額・重大事案といえるのかは議論の余地があるように思います。公務員の場合、懲戒免職処分と退職手当の不支給が紐づいているのですが、原告が不支給とされた退職手当は699万6441円にも及びます。公金を窃取したのであればともかく、公務外の非行で職を剥奪されたうえ、約700万円に及ぶ退職手当まで不支給とされるのは幾ら何でも行き過ぎではないかという見方もあっていいように思います

 それでも、裁判所は、懲戒免職処分を適法、有効だと判示しました。

 結論の当否に議論はあると思われますが、公務員の非違行為に対する裁判所の厳しい姿勢がうかがわれます。