弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

停職にした理由と同一の理由で欠格事由に該当することになった公務員に対し、退職手当の全額を不支給とすることが許されるのか?

1.公務員の欠格条項

 公務員には欠格条項があります。国家公務員の場合、国家公務員法38条が、

禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者(1号)

懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者(2号)

人事院の人事官又は事務総長の職にあつて、第百九条から第百十二条までに規定する罪を犯し、刑に処せられた者(3号)

日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者(4号)

について、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しないと規定しています。

 欠格事由に該当するようになった場合には、当然に失職します(国家公務員法76条等参照)。そのため、公務員の方は、罪を犯して禁錮以上の刑を受けてしまうと、自動的に仕事まで失うことになります。

2.公務員の退職手当の支給制限事由

 懲戒免職処分を受けたり、禁錮以上の刑に処されて欠格事由に該当することになって当然失職したりした場合、原則として退職手当は全額が不支給になります(国家公務員退職手当法12条、昭和60年4月30日 総人第261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号 第十二条関係参照)。

 この懲戒事由と欠格事由に関しては、重なり合うことがあります。

 例えば、殺人や放火を行った場合、国家公務員は基本的には懲戒免職になりますし、起訴されて禁錮以上の有罪判決を受ければ欠格になり当然失職します(人事院事務総長発 平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)。 

 しかし、懲戒事由の中には、盗撮行為のように、標準的な処分量定との関係で懲戒免職処分の理由にならないにもかかわらず、起訴されて禁錮以上の有罪判決を受けると当然失職してしまうものもあります。

 当然のことながら、減給や停職を受けたにすぎない場合、公務員はその身分を失うわけではありませんし、退職した場合には退職手当の支給を受けることもできます。

 以上は主に国家公務員の場合を念頭に置いた規律ですが、地方公務員にも、地方公務員法や条例等で似たような仕組みが採用されています。

 それでは、犯罪となる懲戒事由が認められ、一旦、停職以下の処分を受けた後、これと重複する事由で禁錮以上の有罪判決を受けて欠格により当然失職した場合、退職手当の支給は、どのように考えられるのでしょうか?

 一度懲戒のルートでは退職手当を剥奪しないという判断をしながら、欠格により失職したことを理由として当然のように退職手当の全部を不支給とすることが許されるのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高知地判令4.10.28労働判例ジャーナル132-46 高知県・高知県警察本部長事件です。

3.高知県・高知県警察本部長事件

 本件で被告になったのは、高知県です。

 原告になったのは、高知県警察で勤務していた警察官であった方です。この方は、警察署内で盗撮行為に及び(本件非違行為)、停職6か月の懲戒処分を受け、その後、自己都合退職しました。

 高知県警察本部長は、本件非違行為を理由に、退職手当等の支払を差し止める処分を行いました。その後、盗撮等の罪で禁錮以上の刑(懲役2年執行猶予4年)に処せられたこと等を理由に、退職手当等(1838万8289円)の全額を不支給とする退職手当支給制限処分(本件処分)を行いました。

 このような経緯のもと、原告が、被告を相手取って、本件処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件非違行為の内容は、

「原告は、以前から知人であった南国署に勤務する女性職員(以下『本件女性職員』という。)に対し、好意や一方的な恨みの情を募らせていたところ、

〔1〕同署に在任中の令和2年7月上旬頃、同署6階防具庫において、換気扇の蓋1個(時価約1500円相当)を窃取し、

〔2〕同月21日から同年9月2日までの間、29回にわたり、同署4階女子トイレ他1か所において、本件女性職員他10名に対し、個室内に設置したペン型ビデオカメラ(以下『本件カメラ』という。)でその姿態を撮影し、もって公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所にいる人に対し、みだりに撮影し、

〔3〕盗撮の目的で、同年9月2日、同署1階女子トイレ内に出入口から侵入した

(以上の一連の行為を、以下『本件非違行為』という。)」

というものであったと認定されています。

 有罪判決(本件掲示判決)は、〔1〕の窃盗、〔2〕の高知県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反、〔3〕の建造物侵入を理由とするものでした。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、本件処分の適法性を認め、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件条例14条1項1号は、退職をした者が刑事事件に関し当該退職後に禁錮以上の刑に処せられたときで、当該退職に係る一般の退職手当等の額が支払われていない場合には、退職手当管理機関が、本件条例12条1項に規定された事情及び同項各号に規定する退職をした場合の一般の退職手当等の額との権衡を勘案し、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨定めており、退職手当支給制限処分の要否及び程度を、原則として退職手当管理機関の判断に委ねている。このような同条の文言に加え、退職手当支給制限処分は、懲戒と同様、公務員の身分を有しているときに規律に違反して公務に対する国民の信頼を損ねたことを非難し、規律違反の非違を抑止しようとする公務員法制上の制裁としての性質を有しているところ、その判断は、懲戒と同様、平素から組織内の事情に通じ、部下職員の指揮監督に当たる者の裁量的判断に委ねなければ適切な結果を期待できないことからすると、退職手当支給制限処分の要否及び程度の判断は、退職手当管理機関の広範な裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがって、退職手当管理機関の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきである。」

「被告は、本件条例の運用に関し、本件運用方針を定めているところ、本件運用方針では、本件条例14条1項においても考慮するとされる本件条例12条について、非違行為の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とした上で、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分に留めることを検討する場合を限定し、慎重な検討を行う旨定めている。本件条例及び本件運用方針は、国家公務員退職手当法及び同法施行令並びに同法の運用方針と同内容の規定であるところ・・・、公務員の退職手当は、生活保障的や賃金後払い的な性格も有しているとしても、基本的には勤続報償としての要素が強いものとして制度設計がされてきており・・・、前記・・・のとおり、退職手当支給制限処分が非違を抑止しようとする公務員法制上の制裁としての性質を有すること、国家公務員退職手当の支給の在り方等に関する検討会・・・においても、公務員が不祥事を起こした場合であっても退職手当を不支給とすることができない場合が存在したり、支給済みの退職手当の返納を求めることができないといった現行制度の問題点に対する国民の視点からの早急な対応が求められていることが検討の視点として挙げられていること、他方で、同検討会においては、民間の実務や判例における取扱いや退職手当の性格に鑑みた制度の多様化を図る必要性への言及もされていることを踏まえると、全額不支給を原則とし、例外的に一部支給制限とすべき場合を限定列挙する本件運用方針は、合理性を有するものと認められる。」

「そこで本件処分を本件条例及び本件運用方針に基づいて検討すると、原告は高知県警察を自己都合により退職しており・・・、本件処分は、懲戒免職等処分を理由とするものではなく、原告がその在職期間中に行った本件非違行為により懲役2年執行猶予4年の刑が確定したことを理由の一つとするものであるところ・・・、本件非違行為は故意による行為であるから、原告について、本件運用方針が定める一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分に留めることを検討する場合(本件運用指針第12条関係第2項)に該当しない。原告は、本件女性職員への恨みを一方的に募らせた結果本件非違行為に及んだものであり・・・、他方で、原告が本件非違行為に及んだ背景にその責任を軽減させるような精神疾患や障害があったことを裏付ける証拠もなく、本件非違行為に至った経緯に酌むべき事情は認められない(本件運用指針第12条関係第5項)。原告が、本件非違行為に関して被害や悪影響を最小限にするための行動をとった事実は認められず、むしろ、原告は、同僚に本件カメラを発見されると、同人から本件カメラを預かり同カメラに挿入されていた本件マイクロSDを抜き取る・・・など、本件非違行為を隠蔽する行動を取っている(本件運用指針第12条関係第6項)上、警察官が警察署内で犯罪行為を繰り返したという本件非違行為は県民の警察に対する信頼を大きく失墜させたものであり、被害や悪影響は重大といえる(本件運用指針第12条関係第7項)。」

「以上の点からすれば、本件条例及び本件運用指針に照らし、原告について、一部支給制限とすべき例外的場合には該当せず、原則どおり全部不支給とすべきこととなる。」

「なお念のため、本件条例及び本件運用指針を前提とせずに本件非違行為について評価すると、本件非違行為は、窃盗(法定刑は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)、高知県公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例4条3項1号違反(法定刑は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)及び建造物侵入(法定刑は3年以下の懲役又は10万円以下の罰金)という刑罰法規に触れるものであり、現に原告には懲役2年執行猶予4年の禁錮以上の刑の判決が確定しており・・・、それ自体が重大な非違行為に該当するものといえる。本件非違行為のうち、盗撮行為については、起訴された事実だけでも29回に及び、被害者も11名に上る・・・など、常習性も認められ、結果も軽視できない。加えて、原告は、南国署4階女子トイレの盗撮の際には、同署内の他の部屋の換気扇の蓋を盗んだ上で、その蓋に細工をしてペン型の本件カメラを設置し、同蓋を上記女子トイレの換気扇の蓋と取り換えて同女子トイレ内を盗撮しており・・・、同署1階女子トイレを盗撮する際には、本件カメラの設置場所を調整した上で盗撮行為に及ぶ・・・など、その犯行の態様は執拗、巧妙かつ計画的であり、本件非違行為は悪質なものである。しかも、原告は、本件女性職員への恨みを一方的に募らせた結果本件非違行為に及んだものであり・・・、他方で、原告が本件非違行為に及んだ背景にその責任を軽減させるような精神疾患や障害があったことを裏付ける証拠もなく、本件非違行為に至った経緯に酌むべき事情は認められない。そして、警察官として法を犯した者を取り締まり社会の治安を維持する立場にある原告が、一般の来署者も利用することが想定される警察署内の女子トイレ内において、上記のとおり重大かつ悪質な本件非違行為に及んだことにより、警察官に対する信頼が著しく失墜したことは明らかである。これらの事情に鑑みれば、原告が約38年間にわたり警察官として勤務し高知県内の犯罪の検挙や治安維持に相応の貢献をしてきたこと、原告に本件非違行為以前に懲戒処分歴はないこと、原告は本件処分により1838万8289円という高額の退職金を一切支給されないことになり、経済的に余裕があるとはいえない状況に置かれている・・・ことなどを勘案したとしても、本件処分が相当性を欠くものであるとは認められない。」

「以上によれば、本件処分は、本件条例及び本件運用方針に基づく運用として裁量の範囲内の判断であり、また、本件非違行為自体の評価からしても相当性を欠くものとはいえないから、いずれにしても、原告に対して退職手当等の全部を支給しないこととした本件処分は相当であり、高知県警察本部長がその裁量を逸脱又は濫用したものとは認められない。」

「原告は、退職手当の性格が勤続報償的、生活保障的、賃金後払い的な性格をそれぞれ有する複合的なものであることから、本件処分の適法性の判断に際しては、本件非違行為が原告の約38年間に及ぶ長年の勤続の功を全て抹消し、過去の勤務に基づく賃金の後払や退職後の生活保障を全て奪い去るに値するような重大な非違行為といえるかを慎重に検討すべき旨主張するが、前記のとおり、本件非違行為は、その重大性及び悪質性、非違に至った経緯、本件非違行為発覚後の原告の言動並びに本件非違行為が公務に対する信頼に及ぼした影響等を考慮すれば、原告の過去の勤続と功労の成果をも否定しなければならない重大な非違行為であったと認めざるを得ないから、原告の上記主張は、前記判断を左右しない。」

4.停職⇒自己都合退職が先行していることへの言及がないが・・・

 公務員の場合、退職処分の発令により退職の効果が発生します。本人の退職届は同意を確かめるための一手続という位置付けです(高松高判昭35.3.31民集16-8-1542参照)。

 懲戒免職処分を行っていないことや、欠格による当然失職をさせたいのであれば退職処分をしなければいいのに自己都合退職を認めていることと、退職手当の全額を対象とする退職手当支給制限処分を行うことが矛盾しないのかという疑問について、正面から判断したものではありませんが、裁判所は、本件処分の適法性・有効性を認めました。

 比較的珍しい事実経過をたどっている事件であり、実務上参考になります。