弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒にあたり、弁明の機会・手続保障の利益を放棄させることはできるのか?

1.懲戒の手続違反

 懲戒解雇の効力を議論するにあたり、手続違反が問題にされることがあります。

 この論点に関しては「就業規則や労働協約上、懲戒解雇に先立ち、賞罰委員会への付議、組合との協議ないし労働者の弁明の機会付与が要求されているときは、これを欠く懲戒解雇を無効とする裁判例が多い」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁)。

 それでは、労働者側の承諾のもと、弁明の機会・手続保障の利益を放棄させることは許容されるのでしょうか? 弁明の機会・手続保障の利益を放棄することを了承してしまった労働者は、懲戒の効力を争うにあたり、もう手続違反を問題にすることができなくなってしまうのでしょうか?

 昨日ご紹介した、札幌地判令2.11.16労働判例1244-73国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件は、この問題についても有益な示唆を含んでいます。

2.国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件

 本件で原告になったのは、自衛官の方です。地上波デジタル放送への切替えに伴い、自動車教習所内に設置されていたテレビを買い替えるため、同僚の私的練習を公費で行われる練成訓練に組み入れ、私的練習費用としてもらったお金をテレビ購入費用に充当したところ、これが同僚に対する詐欺を構成するとして、懲戒免職処分を受けました。これに対し、国を相手取り、その取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、原告のしたことが懲戒免職処分に値するほど重大なことなのかが争われたほか、懲戒の手続違反が問題になりました。

 自衛官の懲戒処分は、自衛隊法施行規則66条以下に定める手続のもとで行われます。本件で問題になった手続との関係でいうと、懲戒権者が懲戒処分を行うにあたっては、「審理」という手続を経なければなりません(自衛隊法施行規則71条)。

 ただ、これには例外があり、自衛隊法施行規則85条2項は、

「規律違反の事実が軽処分を超える場合においても、その事実が明白で争う余地がなく、かつ、規律違反の疑いがある隊員が審理を辞退し、又は当該隊員の所在が不明であり第七十三条第二項の規定により官報に掲載した出頭すべき期日に当該隊員が出頭しないときは、前項本文の規定に準じて処分を行うことができる。」

と規定しています。

 本件の原告は、被疑事実通知書を受け取った後、引き続き審理辞退届への署名・押印を求められ、これに応じてしまったという経緯がありました。

 こうした経緯について、原告は、

「平成27年8月17日、第○○旅団第○○後方支援隊隊長室において、F1佐から、本件行為に係る被疑事実通知書を受領したが、その際、F1佐は、原告に対し、処分後に不服申立てをすべき旨述べたのみで、処分前に審理という機会があることを教示しなかった。」

「原告は、その後、別室で、G2尉から、2通の書面を差し出され、署名するように求められたところ、原告は、不当な被疑事実通知書の交付を受けたことへの強い怒りで動転していたため、よく内容も見ずに2通の書類がそれぞれ(被疑事実通知書は別件のものと併せて2通交付されていた)の受領書であると思い込んで署名押印した。そのうちの1通が本件審理辞退届であったと考えられる。」

「したがって、本件審理辞退届は、原告の真意に基づいて作成されたものではなく、原告の審理の辞退は無効であるから、審理を行わずに本件処分1(懲戒免職処分 括弧内筆者)を行うことはできない。」

などと主張し、懲戒免職処分の手続違反を主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、手続上の重大な瑕疵を認めました。

(裁判所の判断)

「隊員による審理の辞退に関し、懲戒手続特例通達は、本件通達書面を添付すること、及び、審理辞退届の受理に当たっては、被疑隊員が審理の意義を理解するために必要な相当の考慮期間を確保することを定めているところ、その趣旨は、審理が、懲戒権者が必要な証拠調べを行い、引き続き被審理者又は弁護人の供述を聴取して、当該事案の真相を明らかにし、もって懲戒処分を行うべきか否かの、又は懲戒処分を行う場合にその種類及び程度を決定するための重要な手続であることを前提に、被疑隊員が審理の意義を十分理解しないまま審理辞退届を提出する可能性があることを防止するというところにあると解される。」

「上記趣旨に照らすと、本件処分1の手続の適法性を判断するに当たっては、懲戒手続特例通達の定めを考慮すべきである。」

「この点についてみると、本件では、平成27年8月17日に被疑事実通知書が交付された際、本件通達書面の添付も審理の意義について口頭での説明もないまま被疑事実通知書交付の直後に本件審理辞退届が作成され、その後、時間をおいて原告が改めて本件審理辞退届を目にすることもなかったのであり・・・、原告が本件審理辞退届を作成し、提出した際には、原告は、審理という手続の存在及びその意義について認識していなかったと認められる。

このような経緯で作成された本件審理辞退届は、懲戒手続特例通達やその趣旨に反することは明らかであり、本件処分1に際し、原告が審理を辞退したとは認められない。

「そうすると、本件処分1には、自衛隊法施行規則85条2項の定める、審理を行わず懲戒免職処分をすることのできる要件を満たしていないにもかかわらず、審理を行わずに本件処分1をしたという手続的瑕疵がある。」

「そして、審理は懲戒処分の手続において被疑隊員に防御の機会を与える重要な手続保障であることからすれば、本件処分1の手続には重大な瑕疵があったというべきである。

したがって、本件処分1は、かかる手続的瑕疵によっても取り消されるべきである。

3.手続の存在・意義の説明をしないまま書面だけとってもダメ

 上述のとおり、裁判所は、審理の存在や意義を説明しないまま審理辞退届に署名・押印を得たところで、審理を辞退したとは認められないと判示しました。また、その瑕疵は重大で取消事由にも該当すると位置付けられています。

 この判示は自衛官の場合だけではなく、民間企業で就業規則等に懲戒手続が規定されている場合にまで広く妥当する可能性があります。公務員関係の裁判例ではありますが、個人的には、その射程に注目しています。