1.公務員への懲戒処分が違法かどうかはどのように判断されるのか
公務員に対し、懲戒事由がある場合に、
懲戒処分を行うかどうか、
懲戒処分を行うとして、どのような処分を選択するのか、
は懲戒権者の裁量に委ねられていると理解されています(最三小判昭52.12.20労働判例288-22 神戸税関事件)。
したがって、この裁量の枠内にある限り、懲戒処分は違法はなりません。
この裁量の枠はかなり広く、
「懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならない」
とされています(前掲 神戸税関事件)。
それでは、ある懲戒処分が、社会観念上著しく妥当を欠くのかどうかは、どのように判断されるのでしょうか?
判断にあたり第一次的な資料になるのは、懲戒処分の指針(裁量基準)です。国にしても地方公共団体にしても、裁量権行使の基準となる懲戒処分の指針を定めています(国の場合、平成12年3月31日職職-68参照)。
ここには
「正当な理由なく10日以内の間勤務を欠いた職員は、減給又は戒告とする。」
といったように、何をすれば、どのようなレベルの懲戒処分を科されるのかが、定められています。例えば、10日以内の欠勤であるにも免職処分が言い渡されたといったように、指針を逸脱する処分が科されている場合、裁量権の逸脱・濫用といえる可能性が高まることになります。
懲戒処分の適法性審査は上述のような構造を持っているところ、近時公刊された判例集に、詐欺行為が裁量基準にいう「重大な場合」に該当するのかが問題になった事案が掲載されていました。札幌地判令2.11.16労働判例1244-73国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件です。
2.国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件
本件は自衛官に対する懲戒免職処分の可否が問題となった事件です。
懲戒免職処分の処分理由になったのは、詐欺です。
自衛隊には
「懲戒処分等の基準に関する達」(基準達)
という裁量基準があり、これによると、
重大な場合は免職
軽微な場合は停職
極めて軽微な場合は軽処分
と定められていました。
処分行政庁(陸上自衛隊第11貯団長)は、原告自衛官が行った詐欺が「重大な場合」に該当するとの認識のもと、懲戒免職処分を行いました。
しかし、本件は、原告のしたことが重大な詐欺といえるのかに疑義のある事案でした。
原告は自衛隊内に設置されていた自動車教習所(本件教習所)の養成教官として勤務し、自動車教習所の教習指導員や技能検定員となる隊員を養成する業務を担当していました。
隊員が自衛隊内の自動車教習所で勤務するにあたり、教習指導員や技能検定員になるための審査(教習指導員審査・技能検定員審査)を受ける必要がある場合、これに係る費用は公費で支給されていました。
他方、自衛隊員が退職後の再就職に備えて教習指導員の資格を取得するなど、私的な目的でコースや車両を借り上げに係る費用(私的練習費用)等は、受審者が個人負担する必要がありました。
原告が行ったのは、地上波デジタル放送への切替えに伴い、自動車教習所内に設置されていたテレビを買い替えるため、同僚の私的練習を公費で行われる練成訓練に組み入れ、私的練習費用としてもらったお金をテレビ購入費用に充当したというものでした。
これが同僚に対する詐欺だというのが懲戒理由の骨子です。
しかし、一見して分かるとおり、お金をとられた同僚が果たして損をしたといえるのかは微妙な事案でした。元々練習をするにはお金を払う必要がありましたし、実際練習はできていたからです。
原告は、こうした行為は「重大な場合」に該当しないとして、懲戒免職処分の効力を争いました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、処分の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「被告は、懲戒処分に係る裁量権の行使の基準として、基準達を定めていると解されるところ、これを定めた趣旨は、懲戒処分の公平性を担保し、懲戒権者の判断が恣意的となることを防ぐことにあると解される。そうすると、懲戒処分の選択に当たっては、個別の事情により基準達によることが相当でないといった例外的な場合のほかは、原則として、これに従うべきであるといえるから、被告の裁量権の範囲の逸脱・濫用の有無の判断に当たっても、基準達を考慮すべきである。」
「そこで、基準達の定めをみると、基準達においては、免職は、『隊員が職務の遂行上特に重大な影響を及ぼす規律違反、特に悪質な刑事犯に該当する規律違反等自衛隊に対し著しい不利益を与える規律違反を行った場合』に適用するとされ(6条)、規律違反の態様に応ずる懲戒処分等の基準が別表に定められており(13条)、詐欺(別表の(26))の処分については、『重大な場合』は免職、『軽微な場合』は停職の重処分、『極めて軽微な場合』は軽処分と定められている。そして、これらのいずれの場合に該当するかは、損害の有無及び程度、違反者の地位階級並びに部内外に及ぼす影響等を考慮して判断するものとした上で、『重大な場合』とは、隊員としての品位を著しく傷つけ、又は自衛隊の威信を著しく損する場合が、『軽微な場』とは、『重大な場合』に至らないが対象金額が低い場合が、『極めて軽微な場合』とは、価額の極めて低い財物の一時使用又は横領等が一応の基準とされている。」
「これを本件についてみると、まず、本件行為の動機は、アナログ放送から地上デジタル放送に完全移行したことに伴い、本件教習所に設置されていたテレビが映らなくなったため、所長室等に設置するテレビを購入しようとしたというものであり・・・、原告が個人的に経済的な利得を得ようとしたものではない。また、その態様も、少なくとも、原告からみて先任者という上位の立場にあるB曹長に相談を持ち掛け、その同意を得た上で、本件教習所の金銭として出納管理をして行われたものであり・・・、本件行為を殊更隠蔽しようとしたとも認められない。そうすると、本件行為は、その動機及び態様において、悪質なものということはできない。」
「また、本件行為による被害について検討すると、D曹長らが詐取された金額は合計6万3660円であり・・・、それ自体高額とまではいい難い。しかも、D曹長らが支払った私的練習費用は、仮に、原告が本件行為をしなかったとしても、本来、D曹長らが個人として負担すべき車両及びコースの借上費用であって・・・、現実にも、D曹長らは、自らの支払った金額に対応する練習ができている・・・ことからすれば、本件行為によって、D曹長らに実質的な経済的損害は発生していないともいえる(本件行為により実質的に経済的損害を受けたのは国であるが、この点は、本件処分1において問題とされていない。)。そうすると、本件行為の被害者とされているD曹長らが被った損害が重大であるとはいえない。」
「さらに、原告は、養成教官として本件実施計画の訓練時間を事実上融通できる立場にあったことを利用して本件行為をしたものではあるが、D曹長らから私的練習費用を受領すること自体は、養成教官の職務とは直接関わらず・・・、本件実施計画に基づく養成集合訓練そのものは支障なく行われた・・・ことからすれば、その本来の職務の遂行に支障を来したとはいえない。また、本件行為当時、原告は、陸曹長であり・・・、幹部自衛官(3等陸尉以上の自衛官[自衛隊法施行規則24条2項])ではなく、社会一般から自衛隊を代表するものとして見られるような立場とはいえない。」
「以上のような、本件行為の動機及び態様、本件行為による損害の内容、本件行為がもたらす影響並びに原告の地位階級を具体的に考慮すれば、被告が主張するところの自衛隊の職務の性質に由来する要請、すなわち、武力行使といった強力な権限を適切に行使する必要がある自衛隊においては、組織の規律保持が特に強く求められ、その保持のためにも金銭に関する違反については厳しく処分を行う必要があるという点を考慮してもなお、本件行為が隊員としての品位を著しく傷つけ、又は自衛隊の威信を著しく損するものであるとまではおよそ考え難く、本件行為について『重大な場合』に当たるとした判断は重きに失する不合理なものというべきである。なお、被告は、直近5年以内の過去事例は、被害金額が371円であったもの以外の財産犯に係るものは全て免職となっている旨主張するが、被告が主張する過去事例は、いずれも被処分者が個人として経済的利益を得ている事案であって・・・、本件行為とは性質を異にするといえ、これらの事例と同列に扱うべきとはいえない。」
「以上によれば、本件処分1は、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法な処分として、取り消されるべきである。」
3.犯罪を「軽微」だというための参考裁判例
一般論として、犯罪を「軽微」だと主張することには困難が伴います。犯罪とは、元々、重大な結果を生じる悪質な行為を定義したものだからです。
しかし、公務員の懲戒処分の効力を争う事件では、軽微であるという論証に挑まなければならない場合が少なくありません。
本件は、詐欺類型の非違行為が問題になっている場合に、事案軽微を主張する尺度として、参考になるよう思われます。