弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員に対する懲戒処分-理由記載が不備でも、弁明の手続を付与しなくても処分は違法にならないとされた例

1.処分理由説明書の交付義務

 国家公務員法89条1項は、

「職員に対し、その意に反して、降給・・・、降任・・・、休職若しくは免職をし、その他職員に対し著しく不利益な処分を行い、又は懲戒処分を行おうとするときは、当該処分を行う者は、当該職員に対し、当該処分の際、当該処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない

と規定しています。

 また、地方公務員法49条1項は、

「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、当該職員に対し、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。ただし、他の職への降任等に該当する降任をする場合又は他の職への降任等に伴い降給をする場合は、この限りでない。」

と規定しています。

 このように、国家公務員にしても、地方公務員にしても、懲戒処分が行われる場合、処分事由が記載された説明書が交付されることになっています。

 そして、処分事由の記載の具体性に関して、人事院事務総長発『処分説明書の様式および記載事項等について』(昭和35年4月1日職職-354)は、

「処分の理由を、具体的かつ詳細に、事実を挙げて(いつ、どこで、どのようにして、何をしたというように)記入すること」

としています。

2.懲戒を行うにあたっての弁明の機会

 公務員に懲戒処分を行うにあたっても、一般的な見解は弁明の機会を必要としています。①弁明の機会が付与されなかったことそれ自体が処分の取消事由になるのか、②弁明の機会が付与されなかったことに加え、それが事実認定や処分内容に影響を及ぼしていた可能性まで立証されなければ処分の取消事由にはならないのか、という系統の違いはありますが、弁明がなくても問題ないと開き直られることは普通ありません(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕706-707頁参照)。

 しかし、近時公刊された判例集に、理由記載が不備でも、弁明の機会が付与されなかったとしても、懲戒処分に違法があるとはいえないと判示された裁判例が掲載されていました。福井地判令5.2.15労働判例ジャーナル137-28 勝山市事件です。

3.勝山市事件

 本件で原告になったのは、勝山市の市民・税務課課長補佐の職にあった方です。

 令和2年5月1日、処分行政庁勝山市長は、原告に対し、

6か月間給料月額の100分の10を減給する旨の懲戒処分(本件懲戒処分)、

主査に降任する旨の分限処分(本件分限処分)

を行いました。これを受けて、本件懲戒処分、本件分限処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件懲戒処分との関係で言うと、処分理由説明書には、

「休暇の虚偽申請 勤務態度不良」

とだけ記載されていました。

 本件の原告は、手続の違法性について、

処分の理由が(処分理由説明書)の記載自体からは全く了知できない、

休暇の虚偽申請以外については、弁明の機会は全く与えられていない、

などと主張し、本件懲戒処分は違法だと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒処分の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

地方公務員法49条1項は、審査請求の便宜のため懲戒処分の事由を記載した説明書の交付を定めたものであり、説明書の交付が処分の要件となるものではないから、本件処分説明書の理由記載不備を理由に本件懲戒処分の違法があるとはいえない。

「また、懲戒処分にあたって被処分者に対する弁明の機会を付与することは法令上求められておらず、本件懲戒処分の内容も免職ではなく一定期間の減給にとどまっていることからすれば、弁明の機会の付与がなかったことをもって本件懲戒処分における手続に違法があるとまではいえない。加えて、原告は、各違反行為につき、その都度注意を受けたが繰り返しており、中には警告書の交付を受けたものもあるなどの手続を経ていたというのであるから、その都度弁明の機会はあったともいえるのであり、そのような過程の後の最終段階において、仮に改めて弁明の機会を設定したとしても、もはや処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、処分の内容に影響を及ぼす可能性があるともいえないから、この点をもって本件懲戒処分が違法となるとも認められない。」

4.さすがに手続保障を軽視しすぎているのではないか

 民間の懲戒解雇においても、手続的な違法だけだと解雇の効力は否定されにくい傾向にあります。

 そうであるにしても、弁明の機会付与は不要であるし、処分事由も説明しなくてもいいというのであれば(「勤務態度不良」では本当に何を言っているのか分かりません)、最早、懲戒処分にあたり手続は不要だと言っているに等しいように聞こえます。

 ここまで手続を軽視した判断は当の行政庁自身も想定していなかったのではないかという気がしますが、こうした極端な裁判例が出現したことは、警戒しておく必要があります。