弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

降任(降格)に先立つ学内規程上の弁明の機会の省略が許されないとされた例

1.大学に関連する紛争

 このブログで大学関連の裁判例に言及することも多いためか、定期的に大学教員・大学職員の方からの労働相談を受けています。

 大学関係の労働相談に触れていて思うことの一つに、諸規程類が細かく整備されている割に、規程の遵守に意識が回っていない事案が多いことがあります。なぜなのかは想像するしかありませんが、大学という場には、

アップデートされて行く法規制に対応することへの敏感さと、

法的紛争になっても、大学の自治によって司法審査を免れることができるはずだという安易な思い込み

が共存していることが関係しているように思われます。

 しかし、司法審査の対象外に置かれる領域は、必ずしも広範であるわけではありません。特に、大学職員の方を主体とする一般の私企業でも発生するような労使紛争は、大抵が司法審査の対象になるのではないかと思います。

 こうして司法審査の対象とされた大学関係の労使紛争には、使用者側による手続の粗さが目立つ事案が少なくありません。昨日ご紹介させて頂いた、大津地判令3.3.29労働判例ジャーナル112-64 国立大学法人滋賀医科大学事件も、そうした事案の一つです。

2.国立大学法人滋賀医科大学事件

 本件で被告になったのは、国立大学法人滋賀医科大学です。

 原告になったのは、平成28年4月に被告の職員として採用され、平成29年度の係長登用試験に合格し、平成30年7月1日付けで学生課大学院教育支援係長に昇任した方です。

 しかし、うつ状態になって休養が必要であるとして、平成30年8月10日から病気休暇・休職に入りました。結局、原告は平成31年4月15日に同年5月1日から復職可能であるとの診断書を提出し、復職を求めましたが、診断書に原職以外での復職が望ましいと書かれていたこともあって、被告は、原告に降格理由書を交付したうえで、会計課主任とすることを内容とする人事異動を発令しました。

 これに対し、原告は、学生課大学院教育支援係長から会計課出納係主任への降任が違法無効であるとして、係長の職位を有する地位にあることの確認等を求めて訴えを提起しました。

 本件の降任の効力に対しては、実体的な観点からだけではなく、手続的な観点からも問題が提起されました。より具体的に言うと、弁明の機会が付与されていないという問題です。

 被告の国立大学法人滋賀医科大学教職員の降任及び降格に関する規程(降任規程)には、次のような条文が定められてました。

(降任等の手続)

第3条

(略)

3 任免規程第10条第1項又は第3項の規定による教職員の降任等に当たっては、学長は別紙2による警告書を交付し、当該教職員に弁明の機会を与えるものとする。ただし、教職員の勤務実績不良の程度、業務への影響等を考慮して、速やかに処分を行う必要があると認められるときは、この限りではない。

 本件で、原告は、警告書による弁明の機会が付与されていないとして、手続的な観点からも降任の効力を問題にしました。

 これに対し、被告は、

勤務実績不良の程度が大きかった、

リーダーである係長職の9か月間の不在のために、係員2名に対する負担の程度が著しく、これを速やかに改善する必要があった、

警告書を発する時間的余裕がなかった、

警告書の発出よりも速やかな復職を優先した、

電子メールの送受信により、不服申立に不都合はなく、警告書交付の規程の趣旨に反しない、

うつ状態の原告に精神的ショックを与えると復職の妨げとなることから警告書を交付しないことが原告の主訴からは適切であったといえる、

などと主張して、これを争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、警告書の不交付は問題だと判示しました。結論としても、降任の効力は否定されています。

(裁判所の判断)

「前記・・・の認定事実によれば、e人事課長は、平成31年3月22日の原告との面談において、原告が希望する部署への異動を伴う場合には降格を伴う旨を述べたところ、証拠・・・によれば、同時点で、本件降任を行うことも可能であったとは考えていたことが認められる。そして、・・・原告は、同月24日、自ら降任を希望することはしない旨のメールを送信している。そして、・・・被告は、平成31年4月2日、産業医面談が同月25日に行われる旨を原告に通知し、同時期ころ、原告は、令和元年5月1日に復職可能であるとする内容の平成31年4月1日付の主治医診断書を被告宛に送付している。そうすると、被告としては、遅くとも、平成31年4月上旬ころの時点では、令和元年5月1日に復職することを前提に、本件降任を行うための手続(警告書の交付及び聴聞手続の実施)を行うことは可能な状況にあったといえる。」

「そうすると、原告の速やかな復職の観点を考慮したとしても、警告書の交付の手続を省略しなければならないほど急を要するとは言い難い。」

「被告は、

〔1〕原告の勤務実績不良の程度が大きいといえること、

〔2〕業務上の必要(部下2名の負担の軽減)があったこと、

〔3〕原告の主訴からは警告書を交付しないことが適切であったこと、を主張する。

 しかし、

〔1〕原告の勤務実績不良の程度が大きいと直ちに評価できないことは前記・・・において判示したとおりであるし、

〔2〕部下係員の負担の軽減と原告の降任との間に関連性があるとはいえないこと、

〔3〕復職時点で部署を異動する場合に降任を伴うことは平成31年3月22日及び同年4月10日の面談において既に告知していた事項であり、本件降任を行う場合に警告書の交付を行ったからといって、さらに原告に精神的ショックを与えるものであるとは評価し難いこと、の各点に照らせば、警告書の交付の手続を省略しなければならないほど急を要する事情であるとは言い難い。
 また、被告は、

〔4〕警告書交付の趣旨に反しないことを主張する。しかし、警告書の交付の手続が設けられたのは、不利益処分を行う前提として処分(処分を予定する内容の概要)をあらかじめ開示し、これに対する弁明の機会を与えるとの点にあると解されるところ、本件において、平成31年4月17日にe人事課長が送付したメールの内容の概要は前記・・・において認定したとおりであり、少なくとも降任事由を明示した上でこれに対する弁明を促したものとは言い難い(むしろ、同メールの内容に対する原告の返答内容〔なお、降任理由のどれに該当するのか、との質問に対する返答が本件降任前に行われたことを認めるに足りる証拠はない。〕や降任理由書・・・の内容を併せ踏まえれば、同原告の返答内容を踏まえて降任理由書が構成されたものとみることができる。)のであるから、これらのメールのやり取りがあったことをもって、警告書の交付の手続に代替することができるとは評価し難い。」

「そうすると、本件降任に際し、警告書の交付及び聴聞の手続を省略し得る事情があったと認めるには足りない。

3.存外、手続が無視されている事案は多い

 本件では、降任理由を問い質す原告のメール等を踏まえて降任理由書が構成されたことが示唆されています。降任理由への該当性を検討することなく、結論を決め打ちしていたとすれば、大学の判断は雑というほかありません。実体判断の甘さをみると、手続的な粗さが目立つのも当然であるように思われます。

 読者の方の中には、こうした事案は、飽くまでも例外と考える方がいるかも知れません。しかし、私自身の相談・事件の経験を振り返ってみるだけでも、手続が軽視・無視されていると思われる事案は相当数あります。

 お困りの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談をお寄せください。