弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

病気休職期間中に勤務できなかったことをもって勤務実績を不良とし、降任(降格)することが許されるか?

1.役職・職位の降格

 使用者は「就業規則に根拠規定がなくても、人事権に基づき、役職・職位の降格を行い、例えば、営業所の成績不振を理由として営業所長を営業社員に降格することや、成績不良を理由として部長を一般職へ降格することが可能である」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕87頁参照)。

 しかし、「労働契約に基づく人事権の行使であっても、権利濫用法理の規制は受けるから、人事権の行使が、考慮すべき事実を考慮せず、考慮すべきでない事実を考慮してなされた等、使用者の裁量の範囲の逸脱又は濫用が認められる場合には、降格が人事権の濫用として無効となる場合」があります(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』87-88頁参照)。

2.病気休職期間中に働けなかったことを理由とする降格

 それでは、病気休職中に働けなかったことを勤務実績の不良と同視して、職位を降任(降格)することは許されるのでしょうか?

 使用者としては、職責を果たしてもらうために該当の役職に就けたのであり、例え病気であったとしても、十分に働いてもらえなかった以上、従業員を上長から外したくなるという発想は理解できなくはありません。

 しかし、病気になるのは、本人に責任があるときばかりではありません。また、病気休職で働けなかったことを理由に降任させられるとなると、従業員は具合が悪くても軽々に休んでいられなくなります。ポストから下ろされてしまうことを怖れるあまり、病気休職を言い出せなくなって、更に心身を悪化させるなど、社会政策的に好ましくない事態が生じることは容易に予想されます。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる事例が掲載されていました。大津地判令3.3.29労働判例ジャーナル112-64 国立大学法人滋賀医科大学事件です。

3.国立大学法人滋賀医科大学事件

 本件で被告になったのは、国立大学法人滋賀医科大学です。

 原告になったのは、平成28年4月に被告の職員として採用され、平成29年度の係長登用試験に合格し、平成30年7月1日付けで学生課大学院教育支援係長に昇任した方です。

 しかし、うつ状態になって休養が必要であるとして、平成30年8月10日から病気休暇・休職に入りました。結局、原告は平成31年4月15日に同年5月1日から復職可能であるとの診断書を提出し、復職を求めましたが、診断書に原職以外での復職が望ましいと書かれていたこともあって、被告は、原告に降格理由書を交付したうえで、会計課主任とすることを内容とする人事異動を発令しました。

 これに対し、原告は、学生課大学院教育支援係長から会計課出納係主任への降任が違法無効であるとして、係長の職位を有する地位にあることの確認等を求めて訴えを提起しました。

 被告は、原告を降任させた理由として勤務成績不良を挙げ、

「原告は、係長昇任からわずか約1か月後の平成30年8月10日から病気休暇を取得し、その後、病気休職の期間を経て、平成31年4月末日までの間係長としての勤務を行っていない。すなわち、原告は、係長としての人事評価の基準となる対象期間である平成30年7月以降同31年3月末までの9か月のうち1月余りしか勤務していないといえる。係長が担当する職務は年間を通じて存在し、これら職務を遂行し、さらにこれを継続することによって係長としての職責を果たし得たかの評価が可能となり、その際、『良』との評価を得れば実績と評価されることとなる。病気による欠勤であるとはいえ、欠勤のために上記の職務を遂行できなかった以上、職務を遂行しなかったのと同等と評価せざるを得ない。

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を退けました。結論としても、降任は無効だと判示し、原告による地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「前提事実・・・のとおりの規程等の内容に照らせば、教職員の適格性を判断するに足ると認められる事実を資料として、その職に必要な適格性を欠くことが明らかな場合に『必要な適正を欠く場合』に該当することとなると解される(任免規程10条、就業規則第12条第1項3号)。」

・原告の係長としての勤務実績

「前記・・・の認定事実によれば、原告は、係長昇任後の勤務態度等に特段の問題はなかった(リーディングプログラムの報告データの送付に関しても、『完成』に至ってはいないとしても、病気休暇取得前の職務の放置、引継の懈怠などの事情は認められない。)ものの、同年8月10日以降病気休暇(その後病気休職)となったといえ、同事実によれば、原告は、係長としての勤務評定期間である平成30年7月以降から平成31年3月末日までのうち1月余りしか勤務していないことが認められる。もっとも、平成30年8月10日以降の休職は病気休職によるものであるから、勤務実績自体がなかったと評価することは格別、勤務しながら職務を行わなかった場合と直ちに同視して、勤務実績が不良であったとすることはできないというべきである。この点に加え、前記・・・によれば、e人事課長は、平成31年4月10日の面談時において、会計課主任への降格のほか、現職での係長での復帰との点を提示していたことも併せ踏まえれば、被告による勤務評定において『やや良好でない』と評価すること自体が裁量権の範囲内であるとしても、これを降任事由の一事情とすることは相当ではないといわざるを得ない。」

4.病気≠勤務しながら職務を行わなかった場合

 以上のとおり、裁判所は、降格の可否の判断の場面では、病気で働けなかった時の状態を、勤務しながらその実績が不良であった場合と同視することは許されないと判示しました。

 休職後、復職しようとしたところ、ポストが無くなっていたり、他の人で埋められたりしていて、より低い等級のポストを用意されたという相談は、一定の頻度で目にします。そうした事案で降任(降格)の効力を争うにあたり、本件裁判所の判示は参考になるように思われます。