弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

本来的人格構造・発達段階での特性・傾向と休職理由(適応障害)を区別すべきとした例

1.精神疾患による休職

 発達障害の方は、ストレスを言葉で表現することが上手くできない場合も多く、環境的な要因の結果として様々な精神的な症状に苦しめられることがあります。これを「二次障害」といいます。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/chusou/joho/rifuretto.files/R2hattatsu.pdf

 発達障害とまではいかなくても、元々の人格・特性に一定の傾向があり、それが一因となって精神疾患を発症してしまう方は少なくありません。

 比較的大きな会社では傷病で一時的に働けなくなった方のために休職制度を設けている例が多く見られます。こうした会社に勤務している方は、精神疾患で働けなくなってしまった場合、先ずは休職制度の利用を試みることになります。

 精神疾患を理由とする休職の特徴の一つに、必ずしも復職が容易ではないということが挙げられます。

 復職するためには、傷病が「治癒」している必要があります。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」ことを意味します(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。精神疾患の場合、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」といえるのか否かの評価が必ずしも容易ではありません。そのため、精神疾患からの復職の可否は、しばしば裁判でも熾烈に争われます。

 この精神疾患からの復職の可否をめぐり、近時公刊された判例集に、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。横浜地判令3.12.23労働判例ジャーナル123-36 シャープNECディスプレイソリューションズ事件です。何が興味深いのかというと、本来的人格構造・発達段階での特性・傾向と休職理由(適応障害)を峻別すべきことを明言した点です。

2.シャープNECディスプレイソリューションズ事件

 本件で被告になったのは、映像表示装置及び映像表示ソリューションの開発等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成26年4月1日、被告会社との間で総合職正社員として期限の定めのない雇用契約を締結した方です。平成27年12月19日、精神科の医師から適応障害との診断を受け、年次有給休暇の取得⇒病気欠勤を経て、平成28年3月26日から私傷病休職に入りました。その後、復職可能な状態にあるとは認められないとして、休職期間の満了日である平成30年10月31日付けで自然退職とされました(本件自然退職)。これに対し、休職理由は自然退職とされる以前に既に消滅していたはずだとして、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案としての特徴は、原告の方に適応障害を発症する以前から一定の顕著な特性(職場内で馴染まず一人で行動することが多い・上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等)がみられたことです。こうした傾向を休職理由との関係でどのように評価するのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり判示し、自然退職を無効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

「本件において、原告がり患した傷病、すなわち原告が休職するに至った原因、理由について検討することとする。」

「原告は、平成27年12月19日、有隣メンタルクリニックの精神科を受診して、e医師に対し、歓迎会等で酒を勧められ仕事の話をされたこと、上司が他人の悪口を言うこと、終業のタイムカードを押した後に仕事を覚えるために残業していたところ上司から怒られたことなどについて、不満や辛さを感じ、勤務中にトイレに行き泣いていたなどと訴えたところ、e医師は、原告のストレス適応性の低さ、人格構造の問題が前提にある旨の意見を有してはいたものの、主たる症状は職場ストレスに起因する情緒の障害である旨の認識の下、『適応障害(情緒の障害を主とするもの)』の症状のため現時点では労務の継続は困難な状態であると判断するとの診断書を作成した・・・。また、原告が平成28年5月12日に受診したひがメンタルクリニックのf医師も、原告について、内省に乏しく、ベースに人格的又は発達的な問題があり、発達障害及び自己愛性パーソナリティ障害(NPD)との鑑別を要する旨の意見を有してはいたものの、診断名としては適応障害であるとの診断をした・・・。そして、同年8月から原告を継続的に診察していた被告cも、背景に発達障害ないし自閉症スペクトラム障害(ASD)があるとの疑いを有しつつも、平成29年4月24日付けの診断書における病名を適応障害としている・・・。そうすると、原告が平成27年12月19日以降に療養を要することとなった直接の原因は、適応障害の症状であったものと認められる。」

「これに対し、被告会社は、原告は何らかの精神疾患による健康状態の悪化のため、業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態となり、これを根本的な原因として上司の指示及び指導に従わない等業務に支障を来す状態になったものであり、適応障害という医学上の病名ではなく、この症状を休職理由としていた旨主張する。」

「確かに、被告会社は、平成27年6月の時点で、原告について、注意をしても、報告・連絡・相談ができず、無届残業を繰り返し、本人の意見を聞いても泣いてしまい話にならないことなどを問題視していたことが認められる・・・。そして、被告会社は、原告に対し、同年12月18日には、原告の問題として、業務中、長時間涙を流し、また、上司に無断で頻繁に長時間(2時間程度)離席することの他、上司から指示を受けても指導通りに行動しない、また行動しようとする姿勢が見受けられないことを指摘し、被告会社の要望として、長時間泣いてしまうことの理由の説明と、上司の指導を理解、実践し、協調して業務遂行することを求めていることを伝え・・・、平成28年2月2日にも、原告が真摯に自らのこれまでの言動と向き合い、今後、どのようにすれば職場内外での意思疎通を円滑に図ることができるか熟考し、復職の際に説明することを求めていた・・・ことが認められる。そうすると、被告会社としては、原告の休職時点で、原告が理由も述べずに長時間泣いてしまい業務に支障が出ることに加え、上司や同僚と意思疎通を取れず、業務指示にも従えないことも、『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』として、休職理由に含めていたものと認められる。」

「しかし、原告の休職理由となった健康状態は、被告会社の認識としては、証人kが、『原告は平成27年(社会人2年目)になってから、徐々にその状態が悪化し、普通に仕事ができない状態になり、その原因として何らかの病気が疑われるようになった』、 『(コミュニケーションが取れないとか広い視野、調整能力を欠いているという状況は)いつからというのは具体的にはわかりかねるところがございますが、入社2年目とかそこらへんだと思うんです』と説明するとおり、原告の入社2年目頃から発症した、『何らかの病気』を原因とする『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』を指しているものと解される・・・。そして、適応障害は、主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行為を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の生活上の出来事の結果に対して順応が生ずる時期に発生するものであるところ・・・、被告会社が主張する『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』は、いずれも適応障害から生じる症状として説明可能なものである。一方、前記・・・によると、e医師、f医師及び被告cは、原告のコミュニケーション能力や社会性等の問題も指摘しており、この問題は、原告が本来的にもつ人格構造や発達段階での特性や傾向に起因するものと認識したことが認められるが、原告の休職理由に含まれる『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』は、原告が本来的にもつ人格構造や発達段階での特性や傾向に起因するコミュニケーション能力や社会性等の問題とは区別されなければならない。

「以上によると、原告の休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、原告が入社当初から有していた特性、すなわち前記・・・の記載のとおり、職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動については、休職理由の直接の対象ではないと考えるべきである。」

(中略)

「主治医である被告cが診断した平成29年4月24日頃には、原告の適応障害は寛解したものと認められるものの、前記・・・のとおり、被告会社における原告の業務を知りうる立場にある産業医が、原告の復職を可能と判断したのが同年7月28日となっていることからすると、原告の休職理由となった、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したといえる時期は、同年7月28日であると認めるのが相当である。よって、被告会社は、この産業医の診断が出た翌月の同年8月1日以降、従業員就業規則79条の規定に基づき、原告を超過勤務に従事させず段階的に復職させるべきであったと認めるのが相当である。」

(中略)

「被告会社が従業員就業規則85条2号の規定に基づき平成30年10月31日付けで原告を自然退職としたことは無効であり、原告は、被告会社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有すると認められる。」

3.一次障害・本来的人格と休職事由である二次障害は区別されているか?

 本件の裁判所は、元々の人格・発達特性・傾向と休職事由である適応障害とを明確に区別すべきであると判示しました。理論的にはこの考え方が正解だと思います。

 しかし、元々の人格・発達特性・傾向と、それに関連して発生した精神疾患とを明確に区別せずに議論している例は、実務上相当数あるのではないかと思います。それは明確な区別が難しいからです。両者を明確に区別するためには、両者が異なることをかなり強く意識しておく必要があるように思います。

 個人的な実務経験の範囲内でいうと、精神疾患に罹患する方が、元々、特徴的な人格・特性・傾向を有していることは少なくありません。本裁判例は、そうした方の復職の可否を争うにあたり、重要な判断を示した裁判例として位置付けられます。