弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神疾患で休職していた労働者に対し、復職後に何の配慮もしないことは許されるのか?

1.復職要件

 休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。

 ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 それでは、傷病が「治癒」したとして復職した労働者に対し、使用者は何の配慮もする必要がないといえるのでしょうか?

 治癒して復職している以上、労働者は従前の職務を通常の程度に行えるようになっているはずです。そうであれば、使用者としても、特段の配慮をする必要はなく、従前と同様、一般労働者と同じように処遇してよさそうにも見えます。

 しかし、休職理由が精神疾患である場合、従前の職務を通常の程度に行えるまでに回復したように見えても、精神的な脆弱性という形で病気の影響を引きずっていることが少なくありません。

 それでは、精神疾患から復職した労働者に対する配慮義務の存否・内容は、どのように考えて行けばよいのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京高判令4.5.20労働判例ジャーナル126-18 千代田区事件です。

2.千代田区事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、千代田区です。

 原告(控訴人)になったのは、千代田区の公務員で保育士として働いていた方です。適応障害での休職から復職した後、漫然と同一の職場への勤務を続けさせられたことなどを問題視し、損害賠償を請求する訴えを提起しました。一審が原告の請求を全部棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、疾病等による特段の配慮を必要としない他の職員と同一の扱いをしたことを違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、平成25年4月1日、休職期間満了により復帰したものであるところ、控訴人の病名が適応障害であり、控訴人において過去に受けたパワー・ハラスメントを思い出したことが原因であると述べていたことからすれば、復帰の時点で健康上の問題が完全に解消し、何らの配慮も要しない状態になったものと捉えるべきではなく、適応障害が再燃しないよう復帰後の心身の状態について留意すべきであって、これを怠ることは違法な公権力の行使に当たるというべきである。

「これを本件についてみると、控訴人は、平成25年度自己申告書(異動)において、平成26年3月31日を基準日とする意見として、かつてのトラウマにより女性が圧倒的多数を占める職場でのプレッシャーは職務内容を変えてもなお厳しい状況にあり、男性職員の処遇の不公平、パワハラ・セクハラ等の状況が続けば確実に退職に追い込まれてしまうとして、強く異動を求め・・・、その後も同様の訴えを続けていたのであり・・・、平成30年8月1日に教育委員会事務局に異動となったが、上記自己申告書の基準日以降の4年4か月の期間、漫然と同一の職場への勤務を続けさせたことは、結果としてその後の適応障害の再燃により病休や休職に至るといった事実は認められないものの、控訴人に対して常に適応障害の再燃の不安を抱かせることにより多大な精神的苦痛を与えるものであって、控訴人の心身の状況に対して必要な配慮をしたり、他に適切な職場がなかったりするなどの正当な事由がない限り、違法な公権力の行使に当たるものといわざるを得ない。一般的に異性が大多数を占める職場における勤務を拒否することが正当な要求であるとはいえないが、当該職員が適応障害などの精神疾患に至っているような場合においては、公務の円滑な遂行を妨げない限度で必要な措置を執ることが求められるものというべきである。

「そして、被控訴人において、平成25年4月以降、控訴人に定期的に医師の診察を受けさせたり、面談をしたりするなどして、復帰後における控訴人の心身の状況に対して必要な配慮をした形跡はみられないし、福祉の職を担当する職員の具体的な勤務場所について人員配置上の制約があるとしても、4年4か月の長期にわたり人員配置上の制約が続くことは考えられない。本件訴訟においても、被控訴人は、同一部署に一定期間在籍した者を異動の対象とする扱いがあるものとして、控訴人を異動の対象としなかったことが正当であるという趣旨の主張をしていることからすると、控訴人の心身の状況に対して何らの配慮もせず、疾患等による特段の配慮を必要としない他の職員と同一の扱いにより異動を決定したものといわざるを得ない。

このような被控訴人の控訴人に対する人事上の措置は、控訴人の健康状態を悪化させるおそれの高いものであり、裁量権を逸脱するものであって違法な公権力の行使に当たるものと認められる。

3.復職者にとって画期的な判断

 休職から復職する場面では、使用者が「治癒」のハードルの高さを強調し、復職を認めようとしないことが少なくありません。このような場合、「治癒」のハードルを越えると、今度は、もう治っているのだからということで、何の配慮も受けられないまま、病気になる前と同様・一般労働者と同様の提供労務の水準を求められる例が往々にして見られます。

 そもそも治癒を認めないし、治癒が認められる場合には一切配慮しないという考え方は、理論的にはともかく、労働者側にいかにも酷であるように思われます。

 本件は、治癒が認められる場合には一切配慮しないという形式論理的な対応に異を唱えるものであり、精神疾患による休職から復職した労働者の力になる画期的な裁判例として位置付けられます。