弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員-転任と同じ内容の職務命令の発令は許されるのか?

1.職務命令と転任

 地方公務員法32条は、職務命令について、

「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」

と規定しています。

 他方、地方公務員法15条の2第1項2号は、転任を、

「職員をその職員が現に任命されている職以外の職員の職に任命することであつて前二号に定めるもの(上位又は下位の職に任命するもの 括弧内筆者)に該当しないものをいう」

と定義しています。分かりやすく言うと、横滑りの異動(水平異動)のことです。

 このように職務命令と転任は異なる条文に規定されています。概念としても必ずしも一致するわけではありません。例えば、職務命令は一般に取消訴訟の対象にはなりませんが、転任は不利益性がある場合には審査請求⇒取消訴訟の対象になります。

 ただ、転任と職務命令が法的に別物かというと、必ずしもそうは言いきれません。転任は「昇任と地方公務員法第三二条の職務命令としてなされるものであり、職員はこれを拒むことはできない」と理解されているからです(橋本勇『新版 逐条 地方公務員法』〔学陽書房、第4次改訂版、平28〕234頁参照)。

 このように職務命令と転任との関係は、かなり分かりにくい様相を呈しています。

 それでは、転任と内容と同じくする措置を職務命令の形式で発令することは許容されるのでしょうか?

 従来、あまり考えられたことがないように思われますが、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京高判令4.5.20労働判例ジャーナル126-18 千代田区事件です。

2.千代田区事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、千代田区です。

 原告(控訴人)になったのは、千代田区の公務員で保育士として働いていた方です。適応障害での休職からの復職に際し、福祉の業務とは異なる用務の業務につかせたこと等を問題視し、損害賠償を請求する訴えを提起しました。一審が原告の請求を全部棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件では、原告を用務の業務に従事させたことの法的性質(職務命令なのか転任なのか)が問題になりました。

 裁判所は、この問題について、次のとおり判示したうえ、用務の業務に従事させたことの違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、控訴人を用務の職務に従事させたことは転任の法的性質を有すると主張する。」

「転任は職員の任命行為であるところ(地方公務員法15条の2第1項4号)、証拠・・・によれば、区長は、控訴人に対し、平成24年4月1日に保育士の職務に従事することを命じ、平成30年8月1日に福祉の職務に従事することを命じたこと、教育委員会は、控訴人に対し、平成24年4月1日に神田保育園勤務を命じ、平成30年8月1日に教育委員会事務局子ども部子ども支援課勤務を命じたこと、被控訴人は、平成25年度から平成29年度まで、控訴人について職務が福祉(保育士)であるものとして、能力及び業績の定期評価を行ったことが認められるが、命令権者による転任が行われたことを認めるに足りる証拠はない。」

「また、前記のとおり、被控訴人の人事課長らが平成25年1月18日に控訴人に対して行った面談においても、用務の業務を担当するのであれば、業務系への転職も考えなくてはならないことを示唆し、控訴人がこれを受入れる旨返答したにとどまり、これをもって転任が行われたということはできない。」

「以上によれば、転任に該当する任命行為がされた事実は認められないから、控訴人の主張は採用できず、控訴人を用務の職務に従事させたことは、神田保育園長の職務命令(本件命令)を根拠とするものと認められる。

もっとも、本件命令は、神田保育園長が控訴人に対して現に任命されている福祉の職務とは異なる用務の業務を行うことを命じることを内容とするものであり、任命権者による任命行為のないまま転任と同じ内容の職務命令を発したことになる。

上記のような職務命令の適法性に関しては、地方公共団体において、上司は、公務の目的を達成するために広範な裁量権をもって職務命令を発することができるが、裁量権は無制限に存するものではなく、職務命令の対象となる職員に事実上又は法律上の不利益を及ぼし、そのことについて合理性を欠くものと認められる場合には、裁量権を逸脱する違法な公権力の行使となるものと解すべきである。

「控訴人は、休職期間中の復帰訓練に当たり用務を担当することを承諾したものであり、復帰後にも用務を担当し続けることについて明確な承諾をしたことが記録されているものではないが、控訴人が、平成25年度自己申告書において、同年4月1日の時点における自由意見として、同年度は用務職の役割をしっかりと果たし、係(保育園)を支えていきたい旨の記載をしていることからすれば・・・、休職期間の終了により職場に復帰するに当たっては、復帰復練に引き続き用務の業務を担当することについてあらかじめ承諾していたものと認められる。また、復帰後の職場の環境及び業務が復帰訓練におけるものと同一であることは、復帰訓練の成果を生かすものであって好ましいものといえるし、控訴人が適応障害になった原因について、職員の大半を女性が占める保育園において保育士として勤務することにより、過去に受けたパワー・ハラスメントを思い出してしまうと申告していることに鑑みれば、保育園において勤務をするという前提の下においては、他の保育士との接点の少ない用務の業務を続けさせることは妥当な措置であるということができる。」

「したがって、神田保育園長が平成25年4月1日に本件命令をしたことが違法な公権力の行使や信義則上の安全配慮義務違反であると認めることはできない。」

3.転任と同じ内容の職務命令が許容された例

 確かに、転任も、その法的性質は職務命令とされています。

 しかし、転任と職務命令とは概念として相当異なっています。転任と同じ内容の措置を職務命令の形式で発令することには、かなりの違和感があります。審査請求や取消訴訟の対象となることを免れるため、不利益性を伴う水平移動の際に、職務命令の形式が濫発されないのかも心配です。

 とはいえ、一定の要件のもと、実質的な転任を職務命令の形式で発令することを許容する裁判例が出現したことには留意しておく必要があります。