弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の定年後再任用の可否-裁判例の変化の兆候?

1.公務員の定年後再任用

 民間企業は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、

① 65歳までの定年の引き上げ、

② 継続雇用制度の導入、

③ 定年制の廃止、

のいずれかの措置を講じることになっています(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項)。

 これに対応する公務員の仕組みとして、「定年後再任用」というものがあります。

 例えば、国家公務員の場合、60歳定年を迎えた職員は、65歳まで再任用を受けることができます(国家公務員法81条の2、同法81条の4等参照)。

 しかし、民間で定年後再雇用の対象にならない人がいるのと同様、公務員にも定年後再任用の対象にならない人がいます。このように対象外とされた人は、再任用の可否に関する判断を、どのように争うことができるのでしょうか?

 再任用職員の採用選考の合否の決定には処分性がないと解されているため、定年後再任用されなかったことは、取消訴訟や義務付け訴訟の対象にはなりません(東京地判平平25.7.8LLI/DB判例秘書登載)。

 しかし、違法に再任用拒否された方は、国家賠償請求訴訟を提起して、逸失利益や慰謝料の請求をすることが認められています。

 ただ、再任用拒否に国家賠償法上の違法性が認められる場面は、かなり限定的に理解されており、賠償請求を認めた裁判例も少数に留まっています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕第13章参照)。

 このような状況の中、定年後再任用拒否に国家賠償法上の違法性を認めた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.12.9労働判例ジャーナル122-38 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立公立学校の教員であった方です。平成29年3月31日に定年を迎えるにあたり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ、「否」とされ、再任用を受けることができませんでした。これに対し、府を相手取り、再任用されれば得られたはずの給与額相当の逸失利益等の賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起しました。

 再任用を受けられなかった理由は、国家斉唱時の起立斉唱の拒否に係るものですが、原審は、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審は、次のとおり述べて再任用拒否の違法性を認め、原告(控訴人)の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「再任用制度は、定年等により一旦退職した職員を、任期を定めて新たに採用するものであって、任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令の定めはなく、また、任命権者は成績に応じた平等な取扱いをすることが求められると解されるものの(地公法13条、15条参照)、再任用選考の可否を判断するに当たり、従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令の定めもない。これらによれば、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる(平成30年最判参照-筆者注 最一小判平30.7.19)。」

「他方、地方公務員の再任用制度は、平成13年度から公的年金の基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳まで段階的に引き上げられることになったことに対応して、平成11年の改正により、60歳定年後の継続勤務のための任用制度として新たな再任用制度を定めたものである・・・。そして、平成25年3月29日の本件通知により、国から地方公共団体に対し、定年退職する職員が再任用を希望する場合、当該職員の任命権者は、退職日の翌日、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づき、当該職員が年金支給開始年齢に達するまで、常時勤務を要する職又は短時間勤務の職に当該職員を再任用するものとすることが要請されている。これは、地公法59条及び地方自治法245条の4に基づき国から地方自治体に対して要請されたものであり、平成25年3月26日に、平成25年度以降、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢も段階的に60歳から65歳へと引き上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう、国家公務員の雇用と年金の接続を図る本件閣議決定がなされたことを受けてなされたものである(・・・平成24年の高年法の改正(平成25年4月1日施行)により、事業主が労使協定で定める基準により継続雇用の対象となる高年齢者を限定できる仕組みが廃止されるなど、民間の労働者についても、雇用と年金の接続を図る対応がなされていた・・・。そして、府教委は、本件通知を踏まえて、雇用と年金の接続を図る観点から再任用制度の見直しを行っている・・・。)」

「このように雇用と年金の接続を図る法的な対応が進む状況下で、被控訴人の教職員の再任用率は、本件通知前の平成24年度が99.69%、平成25年度が99.61%と元々高い率ではあったものの、本件通知後は、平成26年度が99.45%、平成27年度が99.83%、平成28年度が99.92%、平成29年度が99.81%と推移し、全体として一段と高くなっていた。被控訴人において、教職員の再任用の可否は選考要綱に基づく選考によって決することとされ、実際に再任用教職員採用審査会で実質審理がされて再任用の可否が決せられていたことなどからすると、再任用希望者が原則として全員採用されるという運用が確立していたとまではいえないが、上記のような教職員の極めて高い再任用率に照らすと、被控訴人の教職員の再任用においては、再任用希望者はほぼ全員が採用されるという実情にあったといえる。」

「上記の諸事情、すなわち、〔1〕本件通知が、地公法28条の4又は28条の5の規定に基づいてなされたものであり、その趣旨に対応した再任用制度の見直しを府教委が行ったこと、〔2〕国家公務員や民間労働者についても本件通知に沿う法的対応がなされていたこと及びそれらの内容が年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられ、無収入期間が発生しないように雇用と年金の接続を図るものであったこと、〔3〕被控訴人の教職員の再任用率は平成26年度以降、99.45%から99.92%で推移し、再任用を希望した者がほぼ全員採用されるという実情があったことからすると、遅くとも、控訴人が再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には、再任用を希望する教職員には、再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ、上記合理的期待が生じた理由及びその裏付けとなっている社会的な要請からすると、この合理的期待は、法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。そして、このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると、再任用希望者は、再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められる。

そうすると、再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については、前記のとおり基本的に任命権者である府教委の裁量に委ねられているものということができるが、遅くとも本件不採用の当時においては、他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど、その裁量判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、府教委の判断は、裁量権の逸脱又は濫用として違法と評価されることになるというべきである。

「そこで、上記・・・を踏まえて、本件不採用について裁量権の逸脱又は濫用があったかについて判断する。」

「平成29年度再任用教職員採用審査会は、本件意向確認において、控訴人が、入学式又は卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従うとの意向確認ができなかったことが、上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好であったとはみなせないから、総合的に判断して、再任用しないとしたが・・・、再任用の可否の審査にあたって、過去の懲戒処分歴が重視されることは、選考要綱に、合否の判定基準の1つとして『従前の勤務実績』が挙げられていること・・・、選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について『非違行為があったとき』が定められていること・・・からも明らかといえる。そして、懲戒処分は、当該職員のした非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、他の職員又は社会に与える影響等の事項を考慮し、懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものであり(被控訴人の職員の懲戒に関する条例2条3項参照)、府教委の定める懲戒処分等取扱基準では、免職、停職、減給、戒告の意義や処分範囲が明確に定められている・・・。ところが、平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては、過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を『否』とされ、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件〔6〕事案の教員Aが再任用『合格』とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。このことは、再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について、他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。」

「また、再任用の選考に当たって、過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても、より重視されるべきは、過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって、反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから、同一年度の選考において、反省等を顧みて、重い懲戒処分を受けた者を再任『合格』とし、軽い懲戒処分を受けた者を再任用『否』とすることは、反省等を過度に重視するものであり、裁量権の適切な行使とはいえない。なお、案件〔6〕事案は、短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり、このような行為態様に照らせば、教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく、教員Aが、2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとまではいえない。」

「以上によれば、平成29年度の再任用選考において、控訴人を『否』、教員Aを『合格』としたことは、本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。」

「加えて、〔ア〕前記のとおり、被控訴人の教職員においては、本件不採用の頃には、再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと、〔イ〕控訴人につき選考要綱に基づく校長の内申では、勤務実績等の4項目(勤務実績、勤労意欲、専門的知識等、心身の状況)ともに『適』であり、総合評価も『適』であったこと、〔ウ〕控訴人が平成29年3月31日現在で60歳の定年であったことからすると、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が62歳、基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳と認められるから、控訴人は、再任用により得られるはずの給与が得られず、年金も支給されないという状態に陥ったこと、〔エ〕控訴人は、研修後に提出した意向確認書の記載を含め一貫して卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ、また、控訴人の勤務に関し、2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか、特に問題点が指摘されたことは窺われないこと、〔オ〕公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し、事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁、同日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁各参照)、雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法というべきである。」

「そして、上記違法の内容からすると、府教委には、過失が認められるから、被控訴人は、控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償責任を負うこととなる。」

3.閣議決定・総務副大臣通知の影響力

 本件では幾つかの興味深い判断が示されています。その中の一つが、閣議決定・総務副大臣通知の位置づけです。

 平成25年3月26日「国家公務員の雇用と年金の接続について」という閣議決定が行われました。また、平成25年3月29日には総行高第2号「地方公務員の雇用と年金の接続について」という総務副大臣通知が発出されました。前者は国家公務員について、後者は地方公務員について、年金支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員について再任用するものとすることを求めている文書です。

https://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/sankou/08.pdf

https://www.soumu.go.jp/main_content/000216510.pdf

 閣議決定・総務副大臣通知の後、定年後再任用の拒否に違法性が認められる場面を限定的に理解していた裁判例の流れに変化が生じるのかが気になっていました。その後、しばらく定年後再任用拒否の違法性を争点とする公表裁判例が見られなかったところ、本件の裁判所は閣議決定・総務副大臣通知に言及したうえ、再任用拒否に違法性を認めました。

 国家公務員に関しては、法改正が行われ、令和5年から定年が延長されることになっています。しかし、これは段階的なもので、定年が65歳になるのは令和13年度以降であるとされています。定年延長が完成するまでの間は、従来と同様、定年後再任用制度を運用して行くのだと思います。

定年がもたらすもの

 国家公務員の定年を基準として条例で定年を定めるとされている地方公務員についても同様で、すぐに定年後再任用制度がなくなるわけではありません。

 本裁判例は閣議決定・総務副大臣通知を踏まえ、定年後再任用拒否の違法性を従前よりも争い易くするものとして参考になります。本裁判例が、従前の裁判例の潮流を変えるきっかけになるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。