弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメント被害者に対する配転・配置換えが安全配慮義務(職場環境整備義務)違反とされた例

1.ハラスメント被害者は踏んだり蹴ったり(被害者側の配転)

 ハラスメント被害を申告すると、しばしば被害者と行為者とを引き離すための配転が行われます。この引き離しのための配転自体は違法・不当なものではありません。

 令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」でも、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」でも、「被害者と行為者を引き離すための配置転換」は、ハラスメントが認められた場合に事業主がとるべき適正な措置の具体例として明記されています。

 しかし、ハラスメント被害者と行為者を引き離すための配転が行われる時、本邦内の企業では、被害者側が職場を変わることが多く見られます。こうした雇用慣行は、ハラスメントで酷い目に遭うだけではなく、やりがいのある仕事まで奪われるという意味において、被害者を二重に苦しめると共に、ハラスメントに関する相談意欲を阻害する大きな要因になっています。

 この被害者側に配転を強いる現状については常々違和感を持っていたのですが、近時公刊された判例集に、被害者に対する無配慮な配置換えを違法だと判示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-24 国・高松刑務所事件です。

4.国・高松刑務所事件

 本件では、刑務所職員の方が原告となって、使用者である国に対し、

同僚職員及び上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたこと、

それらの事実を申告したにもかかわらず、心情に配慮した適切な措置をとってくれなかったこと、

公務災害認定請求に対する判断を不当に遅延したこと、

などを理由に損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 配置換えが問題になったのは、二番目の理由との関係です。原告は、ハラスメント申告後に処遇部門から庶務課に異動させられたことや、その後、改めて処遇部門女子少年院の法務教官に異動させられたことについて、

「腫物に触るような状態でほとんど仕事が与えられず閑職に追いやられた」

「高松刑務所で実績を積みたいことやうつ病なのに少年院という新しい環境に耐えられるかどうか不安であるという意見を出し」た「にもかかわらず、・・・『丸亀少女の家』(女子少年院 括弧内筆者)に異動させた」

などと述べ、職場環境委整備義務違反していると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、職場環境整備義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「被控訴人と国家公務員との間にも、雇用契約類似の関係があるから、被控訴人は、国家公務員に対し、一般的な安全配慮義務を負っているところ、高松刑務所長は、高松刑務所に所属する職員の管理者的立場に立ち、被控訴人の履行補助者として、生命、身体等への危険から職員の安全を確保して被害発生を防止すべき信義則上の義務(安全配慮義務)を負うから、職場の加害行為により他の職員が被害を受けた場合には、具体的事情に応じて、当該被害職員の出勤・復職等に向けた適切な職場環境を整備すべき義務を負うと解するのが相当である。」

(中略)

「そこで、控訴人が高松刑務所のG統括やD首席に対し、うつ病発症を伝えた後の高松刑務所の対応の適否について検討する。」

「前記認定事実によれば、高松刑務所は、控訴人が高松刑務所のG統括やD首席に対し、うつ病発症を伝えた後、控訴人を、

〔1〕平成26年2月17日に庶務課に配置換えし、

〔2〕同年12月17日に処遇部の作業部門に配置換えし、

〔3〕平成27年4月1日に「丸亀少女の家」に転任させたことが認められる。」

控訴人は、Eとの人間関係につき苦情を申し出ていたのであるから、高松刑務所が控訴人の職場を変えようとしたこと自体は適切であるといえる。しかしながら、前記認定のとおり、庶務課への配置換えにおいては、H庶務課長からは、控訴人に対し、Eとの接触をなるべく避けるため、戒護区域内には極力入らないこと、残業は基本的にしないこと、電話対応は難しいため、積極的に電話に出る必要はないことなどの指示がされたが、控訴人の異動は増員扱いだったため控訴人にはほとんど仕事が与えられず、控訴人は疎外感を感じたこと、他の職員に対しては、H庶務課長等から、控訴人に対して上記のとおり職務上の制限等が加えられていることについて、十分な周知がされていなかったため、控訴人が、上記指示に従い、女区で応援が必要となったときにこれに対応しないでいたりすると、他の職員から、非難されることがあり、控訴人は、そのことで精神的に負担を感じたことが認められる。次いで、作業部門への配置換えについても、控訴人は、工場には入らないように指示されていたため、疎外感を感じるとともに、約10か月で新たな部署に異動になり新しい環境に慣れねばならず、頻繁に部署を換えられることなどに苦痛を感じたことが認められる。さらに、『丸亀少女の家』への転任については、控訴人が転任の打診の時点で、高松刑務所で実績を積みたいことや、うつ病なのに少年院という新しい環境に耐えられるかどうか不安であるとして、「丸亀少女の家」には異動したくないとの異議を述べ、さらに転任直前の平成27年3月2日~同月31日の間、『適応障害』で病気休暇を取得した直後の同年4月1日に、転居を伴う異動である、『丸亀少女の家』への転任が命じられたことが認められる。
 以上のように、うつ病に罹患している控訴人に対し、仕事をあまり与えないようにして疎外感を与えたり、短期間で職場を転々と移動させたり、控訴人が反対しているにもかかわらず、転居を伴う異動であり、法務教官というこれまでの刑務所職員と大きく環境が変わる職場に異動させた行為は、控訴人の心理的負担をより増大させる行為であったことは明らかであり、現に、控訴人は、そのため、自分は高松刑務所から邪魔者扱いされ、見放されたとの思いを強め、絶望的な気持ちになり、平成27年4月7日に自殺を試みるに至っているのであって、うつ病発症後の高松刑務所の一連の控訴人の配置換えや転任は、高松刑務所長が、職員の人事配置等について一定の裁量権を有していることを考慮しても、裁量権を逸脱したものであって、職場環境整備義務違反に当たると認めるのが相当である

3.「指針に引き離し措置が書いてあるから~」では通用しない?

 引き離しは指針に規定されていることもあり、それが違法だと判断されることは、あまりありません。

 そのような状況のもと、本件の裁判所は、上述のとおり、被害者(原告)に対する配置転換に違法性を認めました。

 これはかなり画期的なもので、キャリアを絶たれたハラスメント被害者が法的措置を採るに当たり参考にして行くことが考えられます。