弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務起因認定を受けた日、自殺未遂をした日がパワハラ・セクハラ慰謝料請求権の消滅時効起算点とされた例

1.不法行為による損害賠償請求権の起算点

 不法行為による損害賠償の請求権は、

「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」

は時効によって消滅するとされています(民法724条1項)。

 「損害・・・を知った時」とは「被害者が損害の発生を現実に認識したとき」を意味します(最三小判平14.1.29民集56-218参照)。

 しかし、「被害者が損害の発生を現実に認識したとき」という言葉は多義的であり、必ずしも明確ではありません。例えば、ハラスメントによって精神障害を発症した事案でいうと、①ハラスメントを受けた時点をいうのか、②症状の発生を自覚した時点をいうのか、③精神障害の診断を受けた時点をいうのか、④精神障害が業務(公務)に起因しているという認定を受けた時点をいうのか様々な解釈が考えられます。

 このハラスメントにより精神障害を発症した事案の消滅時効の起算点について、近時公刊された判例集に、

公務起因認定を受けた日、

もしくは、自殺未遂をした日

であると判示した裁判例が掲載されていました。一昨々日、一昨日、昨日とご紹介を続けさせて頂いている、高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-24 国・高松刑務所事件です。

2.国・高松刑務所事件

 本件では、刑務所職員の方が原告となって、使用者である国に対し、

同僚職員及び上司からパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを受けたこと、

それらの事実を申告したにもかかわらず、心情に配慮した適切な措置をとってくれなかったこと、

公務災害認定請求に対する判断を不当に遅延したこと、

などを理由に損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は自系列が特徴的で、

平成25年11月22日 パワハラ行為、

平成25年12月20日 セクハラ行為、

平成26年1月23日 うつ病との診断、

平成27年4月7日 自殺未遂、

平成30年4月6日 訴訟提起

平成30年10月31日 法務大臣による公務起因認定

という経過が辿られています。

 被告・被控訴人国側は、高松刑務所の職員の各行為を理由とする損害賠償請求権のうち慰謝料請求に係る部分は3年の消滅時効期間を経過しているとして、時効を援用しました。

 本件では「損害・・・を知った時」との関係で時効援用の可否が争われましたが、裁判所は次のとおり述べて、消滅時効期間の経過を否定しました。

(裁判所の判断)

「不法行為による損害賠償請求権の時効の起算日は、『被害者が損害を知った時』であるところ(国賠法4条、民法724条)、これは被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうものと解される(最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。」

「これを本件についてみるに、控訴人は、本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為が相俟ってうつ病を発症し、それが被控訴人の安全配慮義務違反によって、より悪化して、平成27年4月7日に自殺未遂をし、平成30年10月31日に控訴人のうつ病が公務に起因すると認定された旨主張して、本件の損害賠償請求をしていることは明らかであるところ、控訴人が本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為によってうつ病を発症したことを知ったのが前記のとおり、公務起因認定のされた平成30年10月31日である以上、控訴人が本件パワハラ行為及び本件セクハラ行為による損害を現実に認識したのは同日というべきであるから、平成30年10月31日をもって、国賠法1条1項に基づく慰謝料請求権の消滅時効の起算点と認めるのが相当である。

仮に、そうでないとしても、控訴人において、うつ病が自殺を余儀なくさせる程度のものであることを知ったのは、控訴人が自殺未遂をした平成27年4月7日というべきであるから、同日をもって、国賠法1条1項に基づく慰謝料請求権の消滅時効の起算点と認めるのが相当である。

「そうすると、前記前提事実・・・記載のとおり、控訴人が本件訴訟を提起したのが平成30年4月6日であるから、平成30年10月31日ないし平成27年4月7日から、未だ3年は経過しておらず、消滅時効は完成していない。」

3.消滅時効起算点に関する議論の実益は増す

 ハラスメント、特に、セクシュアルハラスメントに関しては、ハラスメント行為時と精神障害の発症(診断)時点、自殺などの深刻な行為に及んだ時点との間に、時間的離隔のあることが少なくありません。

 従来、こうした事案に関しては、無理に不法行為構成(消滅時効期間3年)をとることなく、債務不履行(安全配慮義務違反)構成(消滅時効期間10年)をとることで対処してきました。

 しかし、民法改正により、現在、債権は、

「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」

には時効によって消滅すると規定されています。不法行為構成とのタイムラグが2年しかなく、時効の起算点をどのように理解するのかによって権利行使の明暗が分かれてくる事案は、今後、必ず増えて行くことが予想されます。

 精神障害に業務起因性や公務起因性が認められるため、かなりの時間を要する例は少なくありません。本件も公務起因性が認定されるまでには約2年8か月とかなりの期間が経過しています。そのため、業務起因認定・公務起因認定を受けた日を消滅時効期間の起算点にすることができるのであれば、かなりのケースで時効の壁をクリアできることになります。

 自殺未遂など深刻な行動に及んだ場合を起算点とすることに関しても同様です。これが許容されるのであれば、時効の壁に阻まれるケースのうち相当数を救済することができます。

 民法改正とも関連し、本件は時効起算点について、かなり重要な判断をしています。高裁判例であることもあり、労働事件に関与する弁護士が覚えておかなければならない裁判例の一つだと言えます。