弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マタハラの高額慰謝料事案-200万円の慰謝料が認定された例

1.高額化しにくいハラスメント慰謝料

 一般論として言うと、ハラスメントを理由として損害賠償を請求しても、高額の慰謝料が認められる例は、それほどありません。加害行為が極端に悪質かつ長期間に渡っているだとか、重篤な精神疾患を発症しているだとか、特殊な事情がある場合に、稀に高額化することはあります。しかし、そうした特殊な事情のない事案では、せいぜい数十万円程度に留められているのが通例です。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、マタニティハラスメント(マタハラ)との関係で、200万円もの慰謝料が認定された裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京高判令5.4.27労働判例ジャーナル136-1 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件です。

2.アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、クレジットカードを発行する外国会社です。

 原告(控訴人)は、契約社員として雇用された後、正社員となり、平成26年1月には、東京のべニューセールスチームのチームリーダー(バンド35)として37人の部下を持っていた方です。

 べニューセールスとは、多数の集客が見込まれる場所(べニュー)における対面でのカード獲得に向けた活動を行う手法をいいます。また、バンド35とは、部長(営業管理職)、チームリーダー級の職務等級をいいます。

 原告の方は、平成26年12月ころ第2子を妊娠、平成27年〇月〇日に出産し、同月から平成28年7月まで育児休業等を取得しました。

 被告は、平成27年7月に原告が産前休業に入ったことを受け、原告チームの仮のチームリーダーを選任しました。その後、組織変更により、4つあったべニューセールスチームを3チームに集約し、原告チームは消滅しました(本件措置1-1)。

 平成28年8月1日、被告は、育児休業等から復帰した原告を、新設したアカウントセールス部門のアカウントマネージャー(バンド35)に配置しました(本件措置1-2)。バンド自体に変化はありませんでしたが、アカウントマネージャーには部下がつけられませんでした。

 平成29年1月、被告は、べニューセールスチームを3チームから2チームに集約するとともに、原告の所属するアカウントセールス部門にリファーラルセールス(既存顧客等のリストから電話によるアポイントを通じて、又は従業員が持つ人脈を通じて新入会者の紹介を獲得する手法)を担うチームを併合し、リファーラル・アカウントセールスチームを新設したうえ、そのチームリーダーにCを配置しました(本件措置2)。

 平成29年3月、被告は、復職後最初の人事評価において、原告のリーダーシップの項目を最低評価の「3」としました(本件措置3)。また、被告は、原告に対し、個人営業部の共用スペースの席で執務するように指示し、平成28年9月から同年12月7日まで、他のフロアにある部屋で執務するように命じました(本件措置4)。

 原告は、本件措置1~4が違法な不利益取扱に該当するとして、損害賠償を求める訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側で控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、本件措置1-2の一部、本件措置2の一部、本件措置3に違法性を認め、被告に対し、損害賠償金220万円(慰謝料200万円、弁護士費用20万円)の支払いを命じました。

 損害論についての裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

(1)逸失利益について

「控訴人は、本件措置1-2によってアカウントマネージャーに配置されることがなければ、控訴人はB2Cセールスのチームリーダー又はそれに相当するポジションに就任し、これらと同等のコミッション及びインセンティブを得ることができた旨主張する。」

「しかし、本件措置1-2は、前記・・・のとおり、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させたという限度において違法とされるところ、このような違法な取扱いがなかった場合に、控訴人がどの程度のコミッション及びインセンティブを得ることができたかは明らかではないから、控訴人の主張する逸失利益を損害として認めることはできない。

(2)治療費及び交通費について

「証拠・・・によれば、控訴人は、平成29年7月13日にFクリニックを受診して『心因反応』と診断されたこと、治療費1270円、文書料1万0060円及び通院交通費824円の合計1万2154円を支出したことの各事実を認めることができるが、控訴人が罹患した『心因反応』が、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させたことや、控訴人の人事評価において、リーダーシップの項目を最低の評価とされたことが原因であることを認めるに足りる的確な証拠はなく、治療費及び交通費を損害として認めることはできない。

(3)慰謝料について

「控訴人は、被控訴人に雇用された後、個人客向けカードの営業部門において、業績を上げ昇進を重ねて、ベニューセールスチームのチームリーダーとなり、管理職として、37人の部下社員を擁する控訴人チームを統率していたものであるが、育児休業等を取得して復職したところ、一人の部下も付けられることなく業務に従事させられ、業務の中心を電話営業とされたこと、その後の人事評価において、リーダーシップの項目を最低の評価とされたことによって、少なからぬ精神的苦痛を被り、将来の会社内におけるキャリア形成に対する期待感を害されたというべきであるから、慰謝料として200万円の賠償を認めるのが相当である。

(4)弁護士費用について

「前記(3)において認められる損害合計200万円のうち、その1割に相当する20万円をもって相当と認める。」

3.キャリア形成に対する期待感

 本件では、精神疾患(心因反応)と違法行為との間の因果関係が否定されています。

 それでも、200万円もの高額の慰謝料が認定されました。損害額の立証が困難であるがゆえに逸失利益が認定されなかったこととの調整的な意味合いが含まれている可能性はありますが、それにしても高額の慰謝料が認定されています。

 マタハラに対して厳しい姿勢を示したうえ、キャリア形成に対する期待感を重視した裁判例として参考になります。