弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

妊娠前まで実績を積み重ねてきた女性のキャリア形成に配慮しない人事上の措置が違法とされた例(部下をいなくさせるのはダメ)

1.妊娠等を理由とする不利益取扱の禁止

 男女雇用機会均等法9条3項は、

「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、・・・その他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」

と規定しています。

 また、育児介護休業法10条は、

「事業主は、労働者が育児休業申出等・・・をし、若しくは育児休業をしたこと・・・その他・・・厚生労働省令で定めるものを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」

と規定しています。

 このような条文により、妊娠、出産した女性は、不利益な取扱い(マタニティハラスメント、マタハラ)を受けることから守られています。

 このマタハラに関し、近時公刊された判例集に、画期的な判断を示した裁判例が掲載されていました。東京高判令5.4.27労働判例ジャーナル136-1 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件です。何が画期的なのかというと、妊娠前まで実績を積み重ねてきた女性のキャリア形成に配慮しない人事上の措置が違法な不利益取扱と判示された点です。

2.アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、クレジットカードを発行する外国会社です。

 原告(控訴人)は、契約社員として雇用された後、正社員となり、平成26年1月には、東京のべニューセールスチームのチームリーダー(バンド35)として37人の部下を持っていた方です。

 べニューセールスとは、多数の集客が見込まれる場所(べニュー)における対面でのカード獲得に向けた活動を行う手法をいいます。また、バンド35とは、部長(営業管理職)、チームリーダー級の職務等級をいいます。

 原告の方は、平成26年12月ころ第2子を妊娠、平成27年〇月〇日に出産し、同月から平成28年7月まで育児休業等を取得しました。

 被告は、平成27年7月に原告が産前休業に入ったことを受け、原告チームの仮のチームリーダーを選任しました。その後、組織変更により、4つあったべニューセールスチームを3チームに集約し、原告チームは消滅しました(本件措置1-1)。

 平成28年8月1日、被告は、育児休業等から復帰した原告を、新設したアカウントセールス部門のアカウントマネージャー(バンド35)に配置しました(本件措置1-2)。バンド自体に変化はありませんでしたが、アカウントマネージャーには部下がつけられませんでした。

 平成29年1月、被告は、べニューセールスチームを3チームから2チームに集約するとともに、原告の所属するアカウントセールス部門にリファーラルセールス(既存顧客等のリストから電話によるアポイントを通じて、又は従業員が持つ人脈を通じて新入会者の紹介を獲得する手法)を担うチームを併合し、リファーラル・アカウントセールスチームを新設したうえ、そのチームリーダーにCを配置しました(本件措置2)。

 平成29年3月、被告は、復職後最初の人事評価において、原告のリーダーシップの項目を最低評価の「3」としました(本件措置3)。また、被告は、原告に対し、個人営業部の共用スペースの席で執務するように指示し、平成28年9月から同年12月7日まで、他のフロアにある部屋で執務するように命じました(本件措置4)。

 原告は、本件措置1~4が違法な不利益取扱に該当するとして、損害賠償を求める訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側で控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、本件措置1-2の一部、本件措置2の一部、本件措置3に違法性を認め、被告に対し、損害賠償金220万円(慰謝料200万円、弁護士費用20万円)の支払いを命じました。

 キャリア形成との関係で問題となった本件措置1-2、本件措置2についての控訴審裁判所の判断は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「均等法は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに、女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することをその目的とし(1条)、女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保を基本的理念として(2条)、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(9条3項)。また、育介法は、子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り、もってこれらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に資することをその目的とし(1条)、労働者につき、育児休業申出等、育児休業又は出生時育児休業期間における就業に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(10条)。上記のような均等法及び育介法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、均等法9条3項及び育介法10条の規定は、上記の各目的等を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業等を理由として、労働者につき、育児休業申出等、育児休業等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをすることは、同各項に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

一般に、基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべきところ、上記のような均等法及び育介法の趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業等を理由として、労働者につき、育児休業申出、育児休業等を理由として、上記のような不利益な配置の変更を行う事業主の措置は、原則として同各項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が当該措置により受ける有利な影響及び不利な影響の内容や程度、当該措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて当該措置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき当該措置を執ることなく産前産後の休業から復帰させることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、当該措置につき均等法9条3項又は育介法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同各規定の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

「これを本件についてみると、前記第2の2の前提事実及び前記1のとおり補正して引用する原判決第3の2の認定事実によれば、控訴人は、平成20年に被控訴人に雇用された後、個人客向けカードの営業部門において、業績を上げ昇進を重ねて、平成26年1月からベニューセールスチームのチームリーダー(バンド35)となり、管理職として、37人の部下社員を擁する控訴人チームを統率していたところ、同年12月に妊娠し、その後、悪阻や切迫早産による体調不良のため、平成27年2月から6月まで傷病休暇を、7月は産前休業をそれぞれ取得し、同月○○日に出産して平成28年7月31日まで育児休業等を取得して同年8月1日に復職したが、被控訴人は、控訴人の休業中の同年1月に控訴人チームを消滅させるとともに(本件措置1-1)、復職した控訴人を新設したアカウントセールス部門の部下を持たないアカウントマネージャー(バンド35)に配置し(本件措置1-2)、平成29年1月には、アカウントセールス部門とリファーラルセールスチームを併合し、札幌のチームリーダーであるCにそのチームリーダーも兼務させ、控訴人は、引き続き部下を持たないアカウントマネージャーとして、同人に業務報告をレポートすることになったこと(本件措置2)ことが認められる。

「引用する原判決・・・のとおり、控訴人が所属していたB2Cセールス部門は、コストコ及び全国の空港におけるベニューセールスを主なカード獲得方法としていたが、平成27年2月、アメリカ合衆国における被控訴人とコストコとの契約が平成28年3月末に終了することが発表され、日本においても被控訴人とコストコとの契約が終了することが予想されたため、平成28年組織変更において、4チームあった東京のベニューセールスチームのうちコストコ担当の2チーム(控訴人チームとaが管理するチーム)を1チームに集約し、大阪でチームリーダーをしていたEを同チームのチームリーダーとしたほか、新規販路を開拓するための部門としてアカウントセールス部門を新設したものである。そうすると、控訴人の休業中に控訴人チームを消滅させた本件措置1-1は、被控訴人の業務上の必要に基づくものであり、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものとは認められない。また、この時点では控訴人に対して人事上の措置が行われたものではないから、人事権の濫用に当たることはなく、本件措置1-1が公序良俗に反することもない。」

「そこで、復職した控訴人を新設のアカウントセールス部門の部下を持たないアカウントマネージャーに配置した点(本件措置1-2)についてみると、上記・・・のとおり、控訴人の休業中に控訴人チームを消滅させたこと自体は、業務上の必要に基づくものであるから、控訴人をアカウントセールス部門のアカウントマネージャーにしたことも業務上の必要に基づくものということができるが、管理職であるバンド35の控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓業務やその後の電話営業を担当させることにした理由については、更に検討する必要があるところ、被控訴人のD副社長は、短時間勤務制度の利用予定等を確認した控訴人との面談において、控訴人に対し、チームリーダーは乳児を抱えて定時で帰宅することができる職務ではない旨を述べ、また、A副社長は、復職直前の控訴人に対し、控訴人の現状を考慮すると、自分でペースをハンドルできる仕事の方がよいと述べた上で、部下を持たないアカウントマネージャーとして新規販路の開拓等の業務を担当するよう命じ、その後、チームリーダーとされないことに不満を述べた控訴人に対し、控訴人は、妊娠後復職するまで1年半以上休んでいてブランクが長く、復職してからも休暇が多いから、チームリーダーとして適切ではない旨説明したことは、補正して引用する原判決・・・のとおりである。そうすると、被控訴人が復職した控訴人に一人の部下もつけないで上記業務をさせたのは、専ら、控訴人に育児休業等による長期間の業務上のブランクがあったことと、出産による育児の負担という事情を考慮したものというべきであって、本件措置1-2は、控訴人の妊娠、出産、育児休業等を理由とするものと認めるのが相当である。」

次に、本件措置1-2が控訴人にとって不利益な取扱いに当たるか検討するに、引用する原判決・・・のとおり、妊娠する前に控訴人が担っていたB2Cセールス部門におけるチームリーダーの業務は、

〔1〕チームのターゲット達成に向けた部下のマネジメント(部下のターゲットの進捗状況や営業方法の確認、部下に対する教育及び指導、営業場所の割り振り、シフトの作成、経費の管理、予算の設定等)、

〔2〕担当営業場所との関係性を強化するための活動(当該営業場所における生産性の高い販売の仕組みの構築等)、

〔3〕新たな場所での販路の開拓、

〔4〕チームリーダー会議や本社役員との会議への参加等

であり、控訴人も、37人の部下社員を擁する控訴人チームのチームリーダーとして業績を上げていたことは、原判決別紙のとおり、控訴人に多額のコミッションやインセンティブが支給されていたことからも明らかである。また、控訴人は、補正して引用する原判決・・・のとおり、バンド30のセールスエグゼクティブ時代に既に平均して6人の部下を持ち、その実績を評価され、当時の副社長からは女性管理職のロールモデルと言われてチームリーダーまで昇進したものであり、これからの自らのキャリアに対する期待を抱いていた。ところが、補正して引用する原判決算・・・のとおり、復職した平成28年8月に控訴人が任じられたアカウントマネージャーの業務内容についてみると、一人の部下も付けられず、目標としての契約件数、獲得枚数、売上目標等が示されることもないまま、新規販路の開拓に関する業務を行うこととされ、同年10月からは700件の電話リストを与えられ、優先して取り組むように指示されて同リストを使った電話営業を自ら行っていたにすぎない。そうすると、控訴人が復職後に就いたアカウントマネージャーは、妊娠前のチームリーダーと比較すると、その業務の内容面において質が著しく低下し、給与面でも業績連動給が大きく減少するなどの不利益があったほか、何よりも妊娠前まで実績を積み重ねてきた控訴人のキャリア形成に配慮せず、これを損なうものであったといわざるを得ない。

被控訴人が控訴人にこのような業務を担当させた背景には、控訴人の育児に対する被控訴人なりの配慮もあったことがうかがわれるが、控訴人がその後もチームリーダーに復帰していないことからすると、控訴人にとって不利な影響があったことは否定できない。控訴人は、短時間勤務制度は利用せず子供を保育園に預けて、妊娠前と同様にチームリーダーとして活躍し、会社の中でキャリアを高めていくことを望んでいたが、被控訴人と控訴人との間において、控訴人の将来のキャリア形成も踏まえた十分な話合いが行われておらず、復職前にA副社長から復職後の業務について半ば一方的に説明を受けたものであり、控訴人は、部下が付けられないことに戸惑い、渋々ながらこれを受入れたにとどまるのであって、控訴人につき自由な意思に基づいて当該配置を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。

また,控訴人が復職した時点において、控訴人チームは業務上の必要性から消滅しており、年度の途中において、控訴人を直ちに既存の他のチームのチームリーダーにすることができなかった点については、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保の観点からやむを得ないものであったということができるが、そうであっても、妊娠前には37人の部下を統率していた控訴人に対し、一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく優先業務として自ら電話営業をさせたことについては、業務上の必要性が高かったとはいい難く、控訴人が受けた不利益の内容及び程度も考え合わせると、当該措置につき均等法9条3項又は育介法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するということもできない。

以上の点を総合すると、本件措置1-2は、復職した控訴人に一人の部下も付けずに新規販路の開拓に関する業務を行わせ、その後間もなく専ら電話営業に従事させたという限度において、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する『不利益な取扱い』に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。

「なお、被控訴人は、控訴人に戦略的重要性の高い業務を担当させたとし、控訴人と同じ職務等級(バンド35)の社員の中には部下のいない者も多くいる旨主張するが、上記のとおり、被控訴人は、控訴人に電話営業を優先させて行わせていたのであるから、戦略的重要性の高い業務を担当させていたとはいい難く、また、同じ職務等級(バンド35)の社員の中に部下のいない者がいたとしても、控訴人は、妊娠前に37人もの部下を統率するチームリーダーをしていたのであるから、その落差は大きく、控訴人に対する措置が不利益な取扱いに当たらないということはできない。

「さらに、本件措置2について検討するに、前記・・・のとおり、被控訴人は、平成29年1月にアカウントセールス部門とリファーラルセールスチームを併合し、札幌のチームリーダーであるCに当該併合したチームのチームリーダーを兼務させており、控訴人を当該チームのチームリーダーにしていないところ、そのこと自体は、被控訴人の人事権の範囲内のことであって、違法であるということはできないものの、引き続き控訴人に部下を付けることなく電話営業等を行わせた限度において、前記・・・と同様、均等法9条3項及び育介法10条が禁止する『不利益な取扱い』に当たるほか、被控訴人の人事権を濫用するものであって、公序良俗にも反すると認めるのが相当である。

「被控訴人は、控訴人の復職後の仕事への取組が芳しくなく、元々リーダーシップに難点があった旨を主張するが、前記・・・のとおり、チームリーダーとされないことに不満を述べた控訴人に対し、A副社長は、控訴人が妊娠後復職するまで1年半以上休んでいてブランクが長く、復職してからも休暇が多いから、チームリーダーとして適切ではない旨説明していたのであって、A副社長が控訴人に対して復職後の仕事への取組が芳しくないとか、元々リーダーシップに難点があった旨を指摘した事実はなく、その点について、被控訴人と控訴人との間において、復職後に話合いがもたれたことも認められない。確かに、証拠・・・によると、平成26年度の控訴人チームの従業員が記載したエンプロイーパルス(社員満足度調査)において、控訴人について、『部下の気持ちにもう少し寄り添って考えていただきたい』などといったコメントが記載されていたことは認められるが、このようなコメントだけでリーダーシップに難点があったということはできず、むしろ、控訴人は、バンド30のセールスエグゼクティブ時代から平均して6人の部下を持って業績を上げ、その結果、妊娠前には37人もの部下を擁する控訴人チームを任されていたことに鑑みると、リーダーシップにおいても高く評価されていたというべきである。」

「したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

3.部下をいなくさせるのはダメ

 契約社員からスタートし、正社員になり、37名もの部下を率いるまでのキャリア形成をしてきた方に対し、妊娠、出産等を機にそれを途絶させるかのような措置をとることは、やはり許されないのだろうと思います。

 この裁判例の原審をご紹介した時、原審の形式論理的な考え方には疑問を感じていましたが、高裁でそれが是正されたのは、妊娠・出産・育児とキャリア形成との両立を望む労働者にとって朗報となるものだと思います。

均等法、育児介護休業法上の「不利益な取扱い」に該当するための量的な不利益性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

マタハラ-育休取得後の原職復帰の原則と原職の消滅 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 マタハラに関しては、妊娠・出産・育児の負担に直面する労働者を保護する裁判例が徐々に拡大、積み重なってきています。

 法律上の保護はそれなりに強力なものなので、理不尽な思いに直面している方は、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても大丈夫です。