弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マタハラ-育休取得後の原職復帰の原則と原職の消滅

1.育休取得後の原職復帰の原則

 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「法」といいます)22条は、

「事業主は、育児休業申出及び介護休業申出並びに育児休業及び介護休業後における就業が円滑に行われるようにするため、育児休業又は介護休業をする労働者が雇用される事業所における労働者の配置その他の雇用管理、育児休業又は介護休業をしている労働者の職業能力の開発及び向上等に関して、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」

と規定しています。

 こうした法律の趣旨を実現するため、厚生労働省は、

「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成21年厚生労働省告示第509号)

という指針を定めています。

 この指針によると、

育児休業及び介護休業後においては、原則として原職又は原職相当職に復帰させるよう配慮すること。

と規定されています(指針第2-7-(1)参照)。

 つまり、育児休業を取得したとしても、労働者は基本的には元に戻ることが保障されています。

2.原職の消滅

 ただ、育児休業を取得しているうちに、勤務先で組織変更が行われ、復帰すべき「原職」が消滅してしまうことがあります。

 こうした場合、「原職相当職」への配置転換が行われることになります。

 配置転換には基本的に使用者に広範な裁量が認められていますが(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)、育休復帰の局面では、労働者に特別な保護が加えられています。

 具体的には、法10条が、

「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と育休取得を理由とする不利益取扱いの禁止を定めています。

 この禁止対象となる不利益取扱いには、

「不利益な配置の変更を行うこと。」

が含まれます(指針第2-11-(2)-ヌ参照)。

 そして、配置の変更が不利益な取扱いに該当するか否かについては、

「配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものであるが、例えば、通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせることは、(2)ヌの『不利益な配置の変更を行うこと』に該当すること。」

との解釈が示されています。

 東亜ペイント事件の配転の判断枠組みに従えば、配転が権利濫用として無効になるためには、

「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」

の存在が必要になります。

 これと比較すると、育休からの復帰の局面においては、通常の場面よりも労働者にかなり強い保護が与えられていることが分かります。

 ただ、こうした法の建付けとの関係で、少し気になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.11.13労働経済判例速報2413-3 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件です。

3.アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレーテッド事件

 本件は、育児休業中に原職が消滅してしまった方が、新たな配属先で勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認などを求めて勤務先を訴えた事件です。

 本件で被告になったのは、クレジットカードを発行する外国会社です。原告になったのは、被告会社で37人の部下を持つチームリーダーとして稼働していた方です。

 育児休業中にチームが消滅したため、被告は、育休明けの原告を、アカウントマネージャーという、等級(ジョブバンド)こそチームリーダーと同じであるものの、部下のないポストにつけました。

 こうした措置の適法性が争われたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、アカウントマネージャーへの配置が「不利益な取扱い」に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

被告の人事制度及び給与体系等に照らせば、給与等の従業員の処遇の基本となるのは被告においてはジョブバンドであるといえるから、例えばいわゆる職能資格制度における職能等級をさげるというような典型的『不利益な取扱い』としての降格は、本件においては、ジョブバンドの低下を伴う措置をいうと解することが相当である。その意味では、本件措置1-2(アカウントマネージャーへの配置 括弧内筆者)はジョブバンドの低下を伴わない措置であり、いわば役職の変更にすぎず、上記典型的『不利益な取扱い』としての降格ということはできない。

(中略)
「原告は、本件措置1-2は、①原告を実質的にバンド35に相当する役職とはいえない役職に配置するものであるから原職相当職に配置する措置とはいえず、被告における通常の人事異動ということはできない、②原告チームを消滅させることや原告をアカウントマネージャーに配置する必要性は認められないことからすれば、被告は、育児休業等を取得した原告にチームリーダーを任せることができないと判断したために、原告チームを消滅させてアカウントセールス部門を新設したなどとして、同措置は不利益な配置変更として、均等法9条3項、育介法10条所定の『不利益な取扱い』に当たる旨主張する。」
「しかしながら、アカウントマネージャーが実質的にバンド30以下に相当する役職といえないことは前記説示のとおりである。そして、前記認定事実によれば、被告では、平成27年2月、アメリカ合衆国における被告とFとの契約が終了すると発表されたことからFに代わる新たな販路を拡大する必要が生じ、平成28年組織変更において東京のベニューセールスチームを集約したことから原告チームが消滅し、他方で新規販路の拡大を専門に行う部門としてアカウントセールス部門を新設し、次年度からは新規販路の拡大を更に強化するためのチームの新設を予定していたことから、原告を同部門のチームリーダー候補と考え、同部門にアカウントマネージャーとして配置することにしたのである。このような経緯に加え、本件措置1-2の前後を通じて原告のジョブバンドはバンド35であることや、アカウントマネージャーの業務内容はB2Cセールス部門のチームリーダーが行っていた新たな販路の開拓に関する業務と相当程度共通する内容であることなどの事情に照らせば、本件措置1-2による異動は、原告を原職であるB2Cセールス部門のチームリーダーに相当する役職に配置したもので、被告における通常の人事異動とみることができる。」
「したがって、原告の主張は失当であり採用することができない。」

4.通常の異動である限り、精神的な不利益は考慮されないのだろうか?

 確かに、行政解釈上、不利益取扱いの典型は、

通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせること」

とされています。

 しかし、新設部署への配置を安易に「通常の人事異動」と言えるかを措くとしても、「通常の人事異動」である限り、精神的な不利益を軽視してよいのかといえば、そのような理解には違和感があります。

 37人の部下を束ねていた方を単独で勤務させたことに、

「育児休業等を取得した原告にチームリーダーを任せることができないと判断した」

というメッセージ性を読み込み、精神的な苦痛を受けたという主張は、必ずしも被害妄想とは言えないのではないかと思います。

 部下がいなくなったことによる精神的苦痛が正面から議論した形跡が認められないことは措くとしても、本件判示が、こうした精神的な不利益の点に、それほどの力点を置かず、ジョブバンドに着目し、不利益取扱いへの該当性を形式論理的に判断しているように見える点は、やや疑問に思われます。