弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

均等法、育児介護休業法上の「不利益な取扱い」に該当するための量的な不利益性

1.均等法、育休法上で禁止される「不利益な取扱い」

 男女雇用機会均等法9条3項は、

事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 また、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律10条は、

事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 このように事業主には、労働者が妊娠・出産・育児休業の取得等をしたことを理由に「不利益な取扱い」をすることが禁止されています。

 それでは、この「不利益な取扱い」に該当するといえるためには、不利益性がありさえすれば、その量は問われないのでしょうか。それとも、法違反といえるためには、質的に不利益であるだけでは足りず、一定の量・程度が必要になるのでしょうか。

 この問題に対する裁判所の姿勢を推知する裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.11.13労働判例ジャーナル97-30 アメリカン・エキスプレス事件です。

2.アメリカン・エキスプレス事件

 本件で被告になったのは、クレジットカードを発行する外国会社です。

 原告になったのは、平成26年1月時点で、東京のべニューセールスチームのチームリーダーとして37人の部下を持っていた方です。

 原告の方は、平成26年12月ころに妊娠し、平成28年7月まで育児休業等を取得しました。

 育児休業中に行われた組織変更により原告のチームが消滅したため、平成28年8月1日の育児休業等からの復帰にあたり、被告は原告を新設したアカウントセールス部門のマネージャーに配置しました(本件措置1-2)。

 この配属先は部下のないポストでした。部下がいないことは、部下が獲得したカード枚数及び利用金額が反映される業績連動部分(コミッション)の支給額が減少することを意味していました。

 原告の方は、こうしたポジションの変更が均等法や育休法が禁止する「不利益な取扱い」に該当するとして、逸失利益等を請求する訴訟を提起しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件措置1-2が「不利益性な取扱い」であることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告の人事制度及び給与体系等に照らせば、給与等の従業員の処遇の基本となるのは被告においてはジョブバンドであるといえるから、例えばいわゆる職能資格制度における職能等級をさげるというような典型的『不利益な取扱い』としての降格は、本件においては、ジョブバンドの低下を伴う措置をいうと解することが相当である。その意味では、本件措置1-2はジョブバンドの低下を伴わない措置であり、いわば役職の変更にすぎず、上記典型的『不利益な取扱い』としての降格ということはできない。」
「以上に対し、原告は、本件措置1-2の後、アカウントマネージャーとして部下を持たされず、管理職としての業務とは異なるバンド30以下の従業員と同様の業務に従事することとなり、また、部下を持たなくなったことにより部下の獲得したカードの枚数及び利用金額が反映されるコミッションの支給額が減少したほか、過大なターゲットを設定されたことによりインセンティブの支給額が減少し、さらに、原告が配置されたアカウントセールス部門は、業務内容やキャリアステップが不明なチームであり、原告の希望に反し、Z6副社長の説明と異なる配置であったなどとして、アカウントマネージャーは実質的にバンド35に相当する役職とはいえず、本件措置1-2は降格に当たる旨主張する。」
「しかしながら、前記認定事実によれば、アカウントマネージャーである原告の業務内容は、アカウントセールスやリファーラルセールスの立案、実行に関する業務とされていたのであり、原告に与えられた業務内容がベニューセールスにおいてバンド30以下の従業員が従事していた業務と同様のものであるとは認められない。また、給与について受ける不利益をみても、前記認定事実によれば、コミッションについては、平成29年度からのアカウントマネージャーのカード獲得枚数当たりの支給率及び支給比率はチームリーダーと比べて相当高く設定され(コミッション単価については約15倍、コミッション支給比率については約17倍)、原告が自らカードを獲得する活動を行うことも可能であったことからすれば、部下を持たなくなったことにより直ちにコミッションの支給額が減少したと認めることはできない。また、・・・原告が過大なターゲットを設定されてインセンティブの支給額が減少したと認めることもできない。なお、仮に原告が部下を持たなくなったことによりコミッションの支給額が減少する可能性が高まるということができるとしても、給与の相当割合を占める基本給は減少しないことからすれば、原告の受ける不利益の程度が大きいということはできない。さらに、前述したアカウントマネージャーの業務内容に照らせば、アカウントセールス部門の業務内容やキャリアステップが不明であるとの原告の主張も失当である。なお、本件措置1-2がZ6副社長の説明と異なる配置であったと認めることができないのは前記・・・で認定説示したとおりであり、また、仮に原告の希望に反する措置であるとしても、そのことから直ちに不利益な取扱いに当たるということもできない。」
「そうすると、本件措置1-2により原告が部下を持たなくなったという点を考慮しても、上記の事情に照らせば、アカウントマネージャーが実質的にバンド35に相当する役職とはいえないということはできず、原告の主張は失当であって採用することができない。
(中略)
「以上からすれば、本件措置1-2は、降格又は不利益な配置変更として、均等法9条3項、育介法10条所定の『不利益な取扱い』に当たるということはできない。」

3.基本給が減少しなければ不利益な取扱いにならないのだろうか?

 原告の方は、平成26年度の支給額に相当するコミッション及びインセンティブをもとに逸失利益を算定し、次のとおり損害を主張しています。

「平成28年8月から平成29年6月までのコミッションとして253万8756円(28万2084円×9か月)が支給されるべきであったが、実際の支給額は19万2789円であり,234万5967円が損害となる。」
「平成28年第4四半期、平成29年第1、2四半期のインセンティブとして403万5000円(134万5000円×3回)が支給されるべきであったが,実際の支給額は40万円であり,363万5000円が損害となる。」

 被告は、

「原告に支給されたコミッション及びインセンティブの金額については認める。」

としているのでコミッション及びインセンティブの減少幅自体は原告の主張するとおりだと思われます。

 厚生労働省の「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成 21 年厚生労働省告示第 509 号)は次のとおり規定しています。

「配置の変更が不利益な取扱いに該当するか否かについては、配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものであるが、例えば、通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせることは、・・・『不利益な配置の変更を行うこと』に該当する」(第2-11-(3)ホ 参照)。

 組織変更により復帰すべき原職が消滅したことはある程度考慮しなければならないにしても、部下がいなくなったことの持つ社会的な意義や、本件にみられる賃金の業績連動部分の大幅減を考えると、不利益な取扱いに該当すると評価できる余地もあったのではないかと思います。

 しかし、裁判所は基本給の減少が認められないことなどを理由に不利益な取扱いへの該当性を認めませんでした。

 裁判所の判断の当否は措くとして、量的な不利益性をかなり厳格に把握する裁判例が存在することは、法的措置をとるのか否かを判断するにあたり、考慮しておく必要があります。