弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働事件の仮処分-資産のある人が依頼する合理性は乏しい

1.労働事件の仮処分

(1)賃金支払の仮処分

 解雇の効力を争う事件などで、係争中の労働者の生活を維持するための方法の一つとして、賃金仮払いの仮処分があります。これは使用者から生活を維持するために必要な限度での賃金を、仮に支払ってもらうための手続です。

 賃金仮払いの仮処分を認めてもらうためには、被保全権利(賃金請求権)だけではなく保全の必要性があることを疎明しなければなりません。

 賃金仮払いの保全の必要性は、

「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」(民事保全法23条2項)

に限って認められます。

 この保全の必要性の認定は、

「固定収入の有無、貯金などの資産の有無、同居家族の収入の有無、家計の状況(収支の状況)に基づいて」

疎明していくことが必要になります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、第1版、平29〕265頁参照)。

 この疎明は比較的厳格で、資産を保有しないことの立証にあたっては、通帳のコピーの提出まで求められます(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック 2018』〔労働開発研究会、第1版、平30〕366頁参照)。

 公表裁判例を見る限り、賃金仮払いの仮処分が認められるようなケースでは、めぼしい資産の存在がないと認定されている場合が殆どです。そのため、保全の必要性が認められるレベルの預金額の限界値が幾らなのかは判断しづらいのですが、月の支出合計26万9000円、雇止め日付近の預貯金残高が約46万円(雇止め:平成28年5月18日、預金残高:平成28年5月9日時点)であった場合に、保全の必要性を認めた裁判例があります(東京地決平28.10.7 LLI/DB判例秘書登載)。保全の必要性が認められるような事件の労働者の資産の水準はこのようなレベルであり、1000万円を超えるような預貯金があって保全の必要性が認められることは先ずないと思います。

(2)仮の地位を定める仮処分

 賃金仮払い以外にも、仮の地位を定める仮処分という類型の仮処分があります。これは賃金の支払を超えて、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に実現するための仮処分です。

 仮の地位を定める仮処分の保全の必要性は、

「賃金支払が受けられないこと以外に解雇による債権者に生ずる著しい損害は通常は想定できないから、地位保全仮処分の保全の必要性は否定するのが一般である。」

「実務上、解雇による著しい損害として主張されることがあるのが、㋐外国人の在留期間更新の利益、㋑社会保険の加入の利益、㋒就労による技術低下防止の利益、㋓寮や社宅や研究施設をりようできる利益、㋔組合活動上の利益等の各喪失であり、これらを理由として保全の必要性を認めた裁判例も存在する」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、第1版、平29〕264頁参照)。

 「社会保険の加入利益」も保全の必要性を基礎づける事情の一つではありますが、私の感覚では、抽象的に社会保険に加入する利益があることを指摘するだけで、保全の必要性の疎明として十分であると裁判所に認めてもらうことは難しいように思います。

(以下に記載していた記事は、都合により削除しました)