弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

妊娠中の女性が行う軽易業務への転換請求に時期的な制限はないのか?

1.軽易業務への転換請求

 妊娠中、産前産後、育児中の女性労働者に対しては、法律上、様々な保護・権利が与えられています。

 そうした権利の一つとして、労働基準法65条3項は、

「使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない」

と規定しています。これは、講学上「軽易業務への転換請求権」などと呼ばれることがあります。

 それでは、この妊娠中の女性が持つ軽易業務への転換請求権に、時期的な制限はないのでしょうか?

 先日、疾病等にかかった子の看護休暇について、権利行使の時期が直前であったことを理由とする不利益取扱を否定した裁判例をご紹介しました(横浜地判令5.1.17労働判例1288-62 学校法人横浜山手中華学園事件)。

 妊娠中の女性が通常業務に耐えられそうなのかどうかを判断は、子どもの病気の場合に比べれば時間的な余裕がありそうですが、軽易業務への転換請求権の行使は唐突なものであっても許されるのでしょうか?

 一昨日、昨日と紹介している上記学校法人横浜山手中華学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人横浜山手中華学園事件

 本件で被告になったのは、横浜市において横浜山手中華学校を運営する学校法人です。

 原告になったのは、中華人員共和国生まれで日本国籍を取得した方です。被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、児童・生徒の教育、指導等の業務に従事していた方です。被告から、

「自己都合による幾多の行為により、業務全体の遂行に甚だしく支障があること」

「業務に対する責任感、勤務態度および職務遂行能力が著しく劣り、また向上の見込みがないこと」

を理由に解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は五つの解雇事由を掲げましたが、その中の一つに、次のような事実がありました。

(解雇事由3)

原告は、2学期開始直前である令和2年8月21日に、第六子を妊娠したこと及び体調が優れないことを理由に担任業務を解くよう突然申し出たり、事前に何の相談もなく、被告の業務が終了した週末である同年10月3日の勤務時間終了後に、突然、母性健康管理措置として、休み明けの同月5日からの休業申請をした。これらにより、被告の人事配置に混乱が生じた(以下『解雇事由3』という。)。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇事由3を理由とする解雇を否定しました。結論としても、原告の地位確認請求は認容されています。

(裁判所の判断)

原告は、令和2年8月20日に第六子の妊娠が判明したため、同月21日、被告に対し、労基法65条3項に基づく軽易業務の転換の請求として、同月24日から始まる2学期の担任業務を解くように申し出ている・・・。労基法65条3項に基づく請求は、その要件を充たす限りにおいて、いつでも使用者に対して請求をすることができるところ、同請求を理由とする解雇その他不利益取扱いは、均等法9条3項により禁じられている。そのため、上記申出につき、2学期が始まる直前であるため被告の人事配置に混乱が生じたなどとして解雇事由に該当するものとすることは、均等法9条3項及び同法施行規則2条の2第6号に違反するものであって許されない。

「また、原告は、令和2年10月3日(土曜日)、事前に被告に相談なく均等法13条1項に基づく母性健康管理措置として、同月末までの休業の申出をしたが・・・、同条に基づく母性健康管理措置の申出は、その要件を充たす限りにおいて、同申出の時期について制限はない。そのため、母性健康管理措置としての休業の申出が事前の相談なく突如されたものであり被告の人事配置に混乱が生じたなどとしてこれが懲戒事由に該当するとすることは、均等法9条3項、13条1項及び同法施行規則2条の2第3号に違反するものであって許されない。」

「以上より、原告が上記軽易業務への転換の請求をしたこと(及びその時期)並びに母性健康管理措置としての休業の申出をしたこと(及びその時期)は、就業規則59条2号の『職務遂行能力または能率が著しく劣り、また向上の見込みがないと認められるとき』に該当しない。

3.直前で人事配置に混乱が生じたことは不利益取扱の理由にならない

 上述したとおり、軽易業務への転換請求権は、直前期になされて人事配置に混乱を生じさせるなどの問題が生じたとしても、これを理由に不利益取扱をすることは許されないと判示されました。要するに、時期的な制限を受けず、妊娠中の情勢は軽易業務への転換請求権を行使することが可能だという意味です。

 子の看護休暇ほど唐突に必要性が生じるわけではないにしても、短期間で一気に身体的負荷を感じやすくなる例は相当数あるのではないかと思います。そうした場合に比較的近接した時期での軽易業務への転換を求めることは、決して避難されるようなことではありません。

 本件のような裁判例もあるため、軽易業務への転換請求については、唐突になったり使用者側に人事配置を見直させるきっかけとなったりしても、権利行使を控える理由はないように思われます(一定の時間を置いたうえ、事前に相談を前置しておいた方が職場との軋轢はすくないと思われますが)。