弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休業手当の崩し方-他の従業員には在宅でも処理可能な業務が割り振られていないか?

1.休業手当分しか賃金を払わないと言われたら・・・

 労働基準法26条は、

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。一般に「休業手当」と呼ばれる条文です。

 ここで言う「使用者の責めに帰すべき事由」とは、

「第一に使用者の故意、過失又は信義則上これと同視すべきものよりも広く、第二に不可抗力のものは、含まれない」

と理解されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法(上)」〔労務行政、

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、

この条文に基づいて従業員に休業を明じつつ、

給料を従前の60%しか支払わない、

という扱いを散見することが多くなっています。

 それでは、この休業手当の支給が行われた時に、

本件では、帰責性としてより強い「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)が認められる、

民法536条2項の債権者の責めに帰すべき事由が認められる場合、労働者は給料全額の支給を請求することができる(民法536条2項)、

本件においても、民法536条2項に基づいて、休業手当分だけではなく、本来支給してもらえる給料全額が支給対象とされるべきである、

と主張し、差額賃金の支払を請求することができないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判例4.7.22労働判例ジャーナル129-30 カワサキテクノサービス事件です。

2.カワサキテクノサービス事件

 本件で被告になったのは、科学・工業技術に関する情報提供サービス業、コンサルタント業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国出身の男性であり、被告との間で無期労働契約を締結し、調査・コンサルティング業務等に従事していた方です。入社翌月である平成30年7月分からは基本給20万円に業務手当7万円を加えた合計27万円を賃金として支給されていました。しかし、令和元年7月分以降、基本給16万3000円、業務手当5万7000円の合計22万円にまで賃金を減額され、休業を命じられるなどした後、令和2年8月31日付けで解雇されてしまいました。その後、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認等を求めて原告が被告を提訴したのが本件です。

 本件では新型コロナウイルスの感染防止対策という名目のもと、休業手当分のみ賃金を支給したことの適否が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、休業手当のみの支払いに留めることは許されないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和2年2月22日から同年5月21日まで休職し、同月22日から一応復職可能な状態となったものの、被告は、原告に対し、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策として業務態勢が変化している中で原告に任せることのできる業務が無くなったなどとして、同日以降の休業を命じた。被告は、上記のとおりに休業を命じていた期間において、原告に対し、本件労働契約において定められていた賃金額の一部のみを休業手当として支給していた。・・・。

「しかし、被告は、原告が復職することが可能となった令和2年5月22日以降において、感染防止対策として在宅勤務の交代実施を行っていたものの、その業務を停止させていたものではない。被告は、上記期間においても、原告以外の従業員らに対しては、出社を命じるか、あるいは、レポート作成及びメールによる連絡等の業務を在宅で処理するよう命じ、従業員らはこれに従って被告の業務に従事していた・・・。そして、本件全証拠によっても、当時において、他の従業員らが在宅で処理することが可能な業務があったにもかかわらず、原告に担当させることのできる業務だけが一切存在しなくなっていたとの事実を認めることはできない。
ウ そうすると、結局のところ、被告は、原告に対し、単に業務命令としての自宅待機を命じたにすぎず、上記自宅待機命令が発せられたことにつき、原告の側に全面的な責任があったともいい難い。よって、原告が令和2年5月22日から本件解雇に至るまでの期間において被告の業務に従事することができなかったことにつき、民法536条2項前段にいう『債権者の責めに帰すべき事由』があったということができるから、被告は、上記期間について、原告に対し、本件労働契約において定められていた賃金全額の支払義務を負う。

3.休業手当しか請求できない場合/賃金全額を請求できる場合

 休業手当しか請求できない場合と、賃金全額を請求できる場合との境界は、実務上、それほどはっきりとした線引きができるわけではありません。休業手当分の支給しか受けていなかったとしても、裁判所で争うことにより、賃金全額の請求が認められる事案は少なくないように思います。

 本件では、他の従業員に在宅でも処理可能な業務が割り振られていたことが重視され、賃金全額の請求が認められる事案にあたると判断されました。この指摘は他の事案にも広く応用することができます。

 新型コロナウイルスの流行やそれに伴う休業は当面収束しそうにありません。休業に伴い支払われる賃金が幾らになるのかという問題は、今後とも重要な問題であり続けるように思われます。

 本件は、休業手当の限度で賃金を支給していればよいのだという使用者側の主張に反駁する上で参考になります。