弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

歩合給から基本給を差引く賃金体系の適法性

1.歩合給からの控除

 歩合給から割増賃金を差引く賃金体系について、最一小判令2.3.30労働判例1220-19 国際自動車事件は、

「割増金の額がそのまま歩合給・・・の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、・・・労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い」

などと判示し、これを否定しました。

 それでは、歩合給から基本給を差引く賃金体系については、どのように考えられるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.12.15労働判例ジャーナル124-68 RKコンサルティング事件です。

2.RKコンサルティング事件

 本件で被告になったのは、生命保険コンサルティング事業、WEBコンサルティング事業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、営業職として勤務していた方です。

 被告の給与は、

基本給

成績手当

の二つで構成され、

成績手当は被告が受け取った代理店手数料から所定の算式で算出した金額から保障給を差引くと規定されていました。

 また、これがマイナスとなる場合には、成績手当は0円とされ、マイナス分が翌月以降の成績手当から差引かれることになっていました。

 このような賃金体系は違法ではないかと主張し、原告が未払賃金等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 原告が展開した主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

・主張1

「被告は、成績手当の計算において保障給と同額を控除しているから(本件保障給控除)、結果として、保障給相当額は全く支払われていないことになる。また、原告は、平成30年10月は通常通り出勤、勤務をしていたにもかかわらず、同年11月分の保障給及び成績手当が支払われていない。」

「本件保障給控除は、入社時に一切原告に対して説明がされず、原告の同意を得ていないものである上、賃金全額払い原則(労働基準法〔以下『労基法』という。〕24条1項本文)にも違反し、違法かつ無効である。」

「よって、平成29年4月分から平成31年3月分までの未払保障給合計368万0880円の支払を求める。」

・主張2

「被告は、原告の平成30年10月分の成績手当から控除しきれなかった保障給の残額4万4729円を、同人の同年12月分の給与から控除している。また、原告ではないある従業員に対しては、退職までの成績手当のマイナス分から15万円を控除した金額を退職後に請求している・・・。このように、被告は、成績手当が保障給相当額を下回った場合、その差額を補給として支払い、これを翌月以降の成績手当から控除、もしくは退職後に請求しているから、上記補給は実質的には貸付金と同視でき、これを賃金の支払とみるべきではない。」

「このような被告の給与構造は、新規程第6条2項なお書き(『月例給与及び業績給与の合算額が最低賃金に基づき算出した額を下回る場合は、最低賃金に基づき算出した額を最低保障給として支給する。』)の規定どおりの取扱いを行っておらず、現実的には従業員らに借金を負わせ、最低賃金を保障しないものであるから、前記給与構造を定める新規程第7条1項ないし3項は、最低賃金法、公序良俗及び労基法24条の賃金全額払い原則に反し、無効である。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件の賃金体系を適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「前提事実のとおり、平成26年10月15日に制定された新規程では、賃金は、最低賃金を上回る毎月定額の保障給及び成績手当とされ(新規程第5条1項、第6条1項、2項)、成績手当は、従業員が募集した保険契約について会社が受け取った代理店手数料から所定の算式で算出した金額のうち、保障給相当額を差し引いた金額とし(同第7条1項)、その金額がマイナスとなった場合は0円として、マイナス分を繰り越して翌月分以降の成績手当から控除するものとされている(同条3項)。旧規程にも、以上に述べたところと同様の規定がある(旧規程第4条、第5条、第6条1項及び3項)。」

「そして、以下の検討も踏まえれば、かかる賃金体系は、私的自治の原則に照らして許容され得ないものとはいえず、これを違法無効ということはできない。

「原告は、本件保障給控除により、結果として保障給相当額が全く支払われないことになるから、賃金全額払い原則等に反し、違法無効である旨主張する。」

「しかし、本件保障給控除は、あくまで成績手当の算定方法として賃金規程において規定されているものであること、前月の代理店手数料から所定の算式で算出した金額より地域別基本保障給相当額を差し引いた金額がマイナスとなった場合にも、保障給は満額支給されることに照らせば、その内容が、賃金全額払い原則や最低賃金法に反し、又はその潜脱として許されないということはできない。

「また、前記のような被告の賃金体系は、営業職の従業員らにおいて、毎月の給与において、保障給を確保しつつ、各自の営業成績に応じて相応の成績手当の支給を受けるという一定の合理性を有しているというべきであり、これが就業規則の定める労働条件として不合理(労契法7条本文)ということはできない。

「以上によれば、原告の前記主張は採用することができない。」

「また、原告は、新規程の定める成績手当の算定方法のうち、成績手当が保障給相当額を下回った場合、その差額を補給として支払い、これを翌月以降の成績手当から控除する点につき、実質的には貸付金と同視でき、最低賃金法、公序良俗及び賃金全額払い原則に反し無効である旨主張する。」

「しかし、前判示のとおり、上記補給及び翌月分以降への繰越しは、いずれも成績手当の算定方法として賃金規程において定められたものであり、これを実質的に貸付金と同視すべき事情は認められない。原告は、被告が、原告とは別の従業員に対して、同人の退職後に上記繰越分を請求した旨指摘するが、本件全証拠を精査しても、当該請求書面・・・を発行した経緯等が不明であり、実際に同請求に応じて支払がされた事実も認められないから、原告の上記指摘をもって、前記繰越しを実質的に貸付金と同視すべき事情とみることはできない。

「そうすると、新規程の定める成績手当の算定方法が、最低賃金法、公序良俗又は賃金全額払い原則に反し、無効であるということはできない。」

3.直観的に違和感のある賃金体系ではあるが・・・

 本件の賃金体系については、直観的な違和感は受けます。特に、マイナス部分の繰り越しなどは、原告の主張のような考え方も十分ありえるように思われます。

 しかし、裁判所は、これを適法だと判示しました。割増賃金とは全く性質が異なると言ってしまえば、それまでですが、本件のような裁判例も存在することには、留意しておく必要があります。