弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公正性・客観性に乏しい人事考課制度・賃金査定条項に基づく基本給減額の効力

1.人事考課制度・賃金査定条項に基づく基本給の減額

 人事考課や査定を行って賃金額を決定する旨の条項を、「賃金査定条項」といいます。

 賃金査定条項に基づいて賃金を減額することは、それ自体が直ちに違法とされているわけではありません。ただし、公正性・客観性に乏しい基準に基づいて賃金を一方的に賃金を減額することまで認められているわけではありません。例えば、東京高判平20.4.9労働判例959-6 日本システム開発研究所事件は、査定による賃金減額の効力が問題になった事案について、

「期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続,減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。」

と判示しています。

 それでは、公平性・客観性に欠ける基準とは、どのようなものをいうのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.7労働判例ジャーナル120-58 メイト事件です。

2.メイト事件

 本件で被告になったのは、警備業等と営む株式会社です。

 原告になったのは、平成25年7月21日に雇用契約を締結して以降、被告で就労している方です。

 雇用契約の締結時、原告の賃金は基本給月額40万円と定められていました。

 しかし、平成30年4月以降、被告は基本給を月額34万円に減額しました(本件賃金減額)。原告は、本件賃金減額が無効であると主張し、差額賃金の支払等を求める訴えを提起しました。

 原告の訴えに対し、被告は、

本件賃金減額は合意に基づいている、

仮に合意が認められなかったとしても、賃金規程に基づいて原告の賃金は減額することができる、

と反論しました。

 二番目の被告の主張のもとになった賃金規程は、次のようなものでした。

(被告の賃金規程)

・1条2項

「賃金は、従業員の

〔1〕年齢、経験、技能、

〔2〕職務内容及びその職責の程度、

〔3〕勤務成績、勤務態度等

を総合勘案してその金額を決定する。」

・1条3項

「会社は、従業員の賃金(基本給)について、毎年1回4月支給分から、前年度における前項の〔1〕〔2〕及び〔3〕と会社の業績(中長期の見込みも含む)を基準として改定する。ただし、この他にも定期または随時に改定することがある。」

・1条4項

「会社の業績低下、または従業員の〔2〕の変更(軽減)、〔3〕が良好でない時は、従業員に説明して賃金を減額したり、見直しの時期を延期し、または改定を行わないことがある。」

 こうした規程に基づいた賃金減額の効力について、裁判所は、次のとおり判示して、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、賃金規程に基づき本件賃金減額をすることができる旨を主張する。」

「しかしながら、被告の援用する賃金規程の定めは、『賃金は、従業員の〔1〕年齢、経験、技能、〔2〕職務内容及びその職責の程度、〔3〕勤務成績、勤務態度等を総合勘案してその金額を決定する。』、『会社の業績低下、または従業員の〔2〕の変更(軽減)、〔3〕が良好でない時は、従業員に説明して賃金を減額し【以下略】』・・・という具体的基準を欠くものであって、特別な事情のない限り、かかる抽象的な就業規則の規定により確定的に合意された賃金を減額することはできないというべきである。

「この点について、被告は、本件雇用契約の締結に際し、原告がトラストボンドから得ていた金員の名目及び金額について不実の説明をした旨を主張するが、被告の主張及び被告代表者Cの陳述・・・を前提としても、原告のトラストボンドから得ていた金員が役員報酬月額35万円であったことが判明したのは、本件雇用契約を締結した平成25年のこと(同年12月)であるというのであり、それから4年以上も経過した後に賃金を減額することは許されないというほかない。また、被告が賃金減額の理由として挙げるその他の事情も、上記特別の事情に当たるものではないというべきである。」

「したがって、賃金規程の定めを根拠に(原告の同意なく)本件賃金減額をすることができるとする被告の主張は採用することができない。」

3.不透明な考課・査定に基づく賃金減額

 実務上、根拠の不明確な賃金減額に対して異議を述べると、使用者側から考課・査定に基づく賃金の減額だと反論を受けることがあります。

 一般論として公正性、客観性に欠ける考課・査定は無効だと言えても、公正性・客観性に欠ける規程が具体的にどのようなものなのかに関しては、必ずしも実例が豊富にあるわけではありません。こうした状況の中、本裁判例は、考課・査定に基づく賃金減額が無効となる規程の実例を示した事案として参考になります。