弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

昇格を求めることに権利性が認められた例

1.昇格を求めることの権利性

 昇進、昇格、昇級という概念があります。

 一般に、

「昇進は役職の上昇、昇格は職能資格の上昇、昇級は職能資格内のランク(資格等級の上昇」

を意味します。昇進・昇格・昇級に関しては、使用者に広い裁量権が認められており、

「原則として、使用者による具体的な決定がなければ、昇進・昇格・昇級した地位にあることの確認請求をすることはできない」

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕484頁参照)。

 そのため、昇進、昇格、昇級できないという悩みに対しては、残念ながら有効な手立てを打ちにくいのが実情です。

 しかし、近時公刊された判例集に、昇格を求めることに権利性を認めた裁判例が掲載されていました。広島地判令3.11.30労働判例1257-5 社会福祉法人希望の丘事件です。

2.社会福祉法人希望の丘事件

 本件で被告になったのは、就労継続支援施設等の福祉施設を運営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、4年制大学を卒業した後、平成12年4月に新卒で被告に入社した方です。平成19年には介護福祉士の資格を取得しました。

 被告の給与規程には、

1級(一般)

(標準職務)職種の基本業務を行うもの

(キャリアパス要件)資格なし

2級(主任)

(標準職務)難易の高い業務を行うもの

(キャリアパス要件)3年以上6年未満の実務経験かつ介護福祉士の資格を有するもの

と規定され、昇格については、職種職務別俸給基準表の各級に定めるキャリアパス要件に該当したときは、昇格させると定められていました。

 このような規定のもと、原告は、遅くとも平成29年4月1日の時点では、職能資格1級から2級への昇格要件(本件パス要件)を具備したとして、昇格を前提とした差額賃金等の支払いを求める訴えを起こしました。

 昇格請求権がないことを理由に被告はこれを争いましたが、裁判所は次のとおり述べて未払賃金の請求を認めました。

(裁判所の判断)

原告と被告との間の労働契約から当然に昇格請求権が生じるとはいえないものの、被告が平成24年4月以降に原告に対して指示してきた職務内容やその継続期間、本件パス要件の内容に照らすと、遅くとも平成29年4月1日時点では、被告は原告に対して現行俸給表2級相当の役割を担わせる者とし、これに見合う就労を求めていたことは明らかであるから、原告は、被告に対し、個別具体的に昇格を求める権利を得たというべきである。また、同月以降の原告の就労状況をみても、同2級相当の労務提供を続けていたというのが相当である。

「原告の被告における職務内容は、平成23年3月までは一般的なものではあるが、平成19年に介護福祉士の資格を取得し、平成23年になると被告の要請で各種研修を受講し、平成24年4月に本件作業所の主任生活支援員に任じられたことからは、平成23年頃には本件事業所での職務遂行が一定の域に達し、これが評価されて主任生活支援員となったことは自明である。」

「そして、原告が就任した主任生活支援員の業務内容は、それまでとは異なり、本件作業所の範囲を超えて施設運営の共通認識を図る主任会議への参加、日常的な部下職員への指導が含まれ、『主任』との肩書どおり、現場末端の一般職をまとめる業務を担い、平成26年10月に配置転換されるまでその担当業務に変更があった事実はない。」

「原告は、上記経過を経て当時被告が新設した本件事業所への異動を打診された。相談支援専門員が本件事業所の開設に欠くことができず、この資格を得る前提として、福祉の現場の知識、経験が必要とされていること、本件事業所の人員規模、被告にとって新規事業であることに照らすと、本件事業所への原告の配置転換は、原告の職務経験や資格に着目したもので、主任業務への対応能力の欠落などによるものとはおよそ考えられない。」

「原告は、平成26年10月以降、現在に至るまで、本件事業所での相談支援専門員としての業務を継続している。この点、被告は、平成29年頃から、その業務における問題行動があったなどと主張し、本件事業所のF所長の報告書を提出するが、その内容は、労働組合結成後の事実が多い事に加え、本件事業所の人員構成や執務の内容に照らすと、被告の主張するような実情が平成29年にあったというのであれば、配置転換されてしかるべきであるが、実際には同所での就労を指示し続けているもので、原告が被告の主張を否認し、F所長に対する尋問も経ていない以上、原告の就労状況に問題があるといった事実を認めることはできない。」

このように、被告は、平成24年4月以降、一般職員を管理する者として、あるいは、福祉の現場での知識を生かしての相談支援専門員としての就労を指示し続けているところで、本件パス要件に被告の裁量が許されるか否かにかかわらず、平成29年4月の時点で、現行俸給表2級に求められる能力があるのは当然のこと、これに沿う就労を求めていたものであるから、昇格を拒絶することは自己矛盾であり、裁量を理由に昇格請求を否定することはできないし、実際に原告はそれに見合う業務を担っているのであるから、昇格を前提とした給与の請求をすることができる。

3.特異性の高い裁判例ではあるが・・・

 冒頭でも触れたとおり、昇進、昇格、昇級に権利性が認められる事例は、あまりありません。この裁判例があるからといって、当然に他の事案でも昇格させないこと等を争えるようになるわけではないとは思います。それでも、手掛かりが何もないよりは遥かにましであり、本裁判例は、昇格させないことの適否等を法的に争って行くにあたり、参考になります。