1.管理監督者性
管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。
残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。
管理監督者とは、
「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」
の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。
近時公刊された判例集に、①の要素について、かなり厳格な理解が採られた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.12.24労働判例ジャーナル159-30CaN International税理士法人事件です。
2.CaN International税理士法人事件
本件はいわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、税務代理や税務書類の作成、税務相談等を目的とする税理士法人です。
原告になったのは、被告と雇用契約を締結していた税理士の方です。700万円~800万円と比較的高額の収入を得ていたことから、本件では原告の管理監督者性が争点になりました。
被告の主張は、次のとおりでした。
(被告の主張)
「原告は、被告関連会社の業務を統括していたこと、顧客から預かった通帳や法人印の管理権限や従業員の労務管理の権限を有していたこと、他の従業員と比較して高額な賃金を支給されるなど、ディレクターという役職に見合った十分な対価が支払われていたことなどの事情によれば、被告の管理監督者(労働基準法41条2号)に当たる。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、原告が管理監督者にあたらないと判示しました。
(裁判所の判断)
「労基法41条は、同条2号所定の管理監督者には、労働時間等に関する労基法の規定を適用しないと定めているところ、その趣旨は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者については、その職務及び責任の重要性に照らし、労基法上の労働時間等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されること、また、その者が自己の労働時間についての裁量を有しており、賃金等について一般の労働者と比べ高い水準の待遇を受けているのであれば、労働時間等に関する規定の適用を除外されても、労基法の基本理念や趣旨に反しないことにあると解される。したがって、管理監督者に当たるかどうかについては、事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有しているか、自己の労働時間についての裁量を有しているか、管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を受けているかといった視点から、個別具体的な検討を行い、これらを総合考慮して判断するのが相当である。」
「被告は、原告が被告関連会社の業務を統括していたこと、顧客から預かった通帳や法人印の管理権限や従業員の労務管理の権限を有していたこと、他の従業員と比較して高額な賃金を支給されていたことなどを理由に、原告は被告の管理監督者に当たる旨主張する。」
「しかしながら、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成30年11月14日、被告内でBに次ぐ地位にあるF(以下『F』という。)に対し、被告の業務について担当者の割り振りを提案し、平成31年1月25日にも、Fに対し、特定の顧客に対する報酬の増額や従業員の新規採用を提案したこと、退職した者の業務を誰が引き継ぐかについては、原告の意見を聞いた上で、B又はFが決定し、原告に伝えていたことが認められるのであり、これらによれば、原告は、被告の業務の体制や顧客に対する報酬の額、従業員の採用を独自に決定できる権限を与えられていなかったということができる。また、顧客から預かっていた通帳や法人印の管理については、原告は、法人印を管理する権限を与えられていたにとどまり、通帳はそれぞれの担当者が管理していたこと・・・、従業員の労務管理については、原告は、部下である被告関連会社の従業員数名の労働時間を管理していた・・・ものの、上記のとおり従業員を採用する権限は与えられておらず、また、従業員の人事考課や解雇等の権限も与えられていなかったこと・・・、原告自身の労働時間については、原告は、休暇を取得したり、営業活動のために外出したりするときは、事前にFに連絡を入れていたこと・・・、さらに、後記4で説示するとおり、被告は、原告から事前に有給休暇取得の連絡がなかったとして、原告の給与から欠勤分の賃金を控除したことが認められる。」
「以上の事情を総合考慮すると、原告は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者ということはできず、原告には自己の労働時間についての裁量があったということもできないから、原告の賃金額が年収700万円又は800万円と比較的高額であること・・・を考慮しても、原告が被告の管理監督者に当たるとは認められない。」
「したがって、被告の上記主張は採用することができず、被告は、原告に対し、前記・・・で認定した時間外等割増賃金の支払義務を負う。」
3.比較的厳格な理解がされた
管理監督者性の判断は、注目すべき要素こそ共通しているものの、各要素をどのように理解するのかに裁判体毎の濃淡があります。
本件は権限について、採用権限、人事考課権限、解雇権限と比較的厳格に捉えたうえ、業務体制の決定権限や報酬の決定権限がなかったことも、監理監督者に相応しい権限がないことの根拠として指摘しました。
比較的厳格に「権限」を理解したものであり、労働者が残業代を請求するにあたり、本裁判例は、実務上参考になります。