弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

美容師がやむなく不動産会社の営業職として再就職しても、就労意思が否定されなかった例

1.他社就労と就労の意思

 違法・不当な解雇をされたとしても、裁判所で労働契約上の地位を確認してもらうためには、かなりの時間がかかるのが通例です。勝訴判決を得るためには、1年を超える審理期間を要することも少なくありません。

 しかし、解雇されたその日から、労働者は使用者から賃金の支払を受けることができなくなります。それでは、裁判所の判断が得られるまでの間、労働者は、どのように生活費を確保すればよいのでしょうか?

 主な方法は三つあります。①雇用保険法の基本手当等の仮給付を受ける方法、②賃金仮払いの仮処分を申立てる方法、③他社就労する方法の三つです。

 それぞれの方法には、いずれも利点と難点があります。難点について簡単に説明すると、①の方法は、基本手当等の受給要件を満たしていなければ使えません。また、要件を満たして受給できたとしても、受給期間には制限が設けられています。②の方法は、保全の必要性の認定が厳格で、被保全権利の存在が認められるような事案であったとしても、余程窮乏していない限り容易には認められません。また、審理の中で窮乏していることを使用者に知られてしまいますし、本案で敗訴してしまった場合には、受領した賃金を使用者に返す必要まで生じます。仮払いで得られるのも、最低限生活に必要な金額だけです。③の方法は、従前の仕事よりも労働条件の良い職場で働いてしまうと、旧勤務先での就労意思が否定され、本案での未払賃金請求が認められない危険があります。

 労働者側で解雇の効力を争う場合、各方法の難点を検討しながら、一つ又は複数の方法を組み合わせて行くことになります。

 このうち、③他社就労する方法について、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令3.10.14労働判例1264-42 グローバルマーケティングほか事件です。何が興味深いのかというと、月によって従前給与を上回る収入を得ていたとしても、資格職がやむなく資格を活かせない仕事についた場合について、就労意思が否定されないと判示されていることです。

2.グローバルマーケティングほか事件

 本件で被告になったのは、美容院、理容院の経営等を業とする合同会社(被告会社)とその代表者(被告乙山)らです。

 原告になったのは、被告らが経営する店舗(本件店舗)で美容師として勤務していた方です。被告会社らとの間で交わされた退職合意が不成立・無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求したのが本件です。

 本件の原告は解雇された後、不動産会社に再就職し、リーシング事業部の営業職として稼働を始めました。

 美容師として勤務していた時に被告から支給されていた賃金は、基本給30万円とインセンティブで構成されていました。

 他方、不動産会社から支給されていた賃金は、基本給16万4200円、固定残業代3万5800円、通信手当3000円と歩合給で構成され、原告は少ない時で20万3000円、多い時で35万0520円の支給を受けていました。

 こうした事実関係のもと、被告は、

「仮に本件合意退職が無効であり、原告が賃金請求権を有するとしても・・・少なくとも再就職先から安定して歩合給の支給を受けるようになった・・・以降は、・・・就労意思を失っ」ている

と主張し、賃金支払義務を負うことを争いました。

 これに対し、原告は、

「過去の経験及びキャリアを活かすことのできる就職先を見つけたかったが、生計を維持するため、全く異なる業種の会社で働くことを決意したものであり、現在でも美容師として勤務可能な被告会社らにおいて就労する意思を有している」

と反論しました。

 裁判所は、退職合意の効力を否定したうえ、次のとおり述べて、原告の就労意思を認めました。

(裁判所の判断)

「被告らは、原告には本件退職合意当初から被告会社らにおける就労意思はなく、仮に当初はこれを有していたとしても、少なくとも原告が現在の勤務先に再就職した令和元年7月以降、又は、再就職先から安定して歩合給の支給を受けるようになった同年11月以降は、被告会社らにおける就労意思は失われた旨主張する。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、美容師の資格を有し、本件店舗において美容師として勤務していたところ、本件退職合意後、その資格を生かすことができず、職種も異なる不動産会社の営業職として再就職していること、再就職後の給与額は月額22万円から35万円程度と変動があり、本件賃金変更前には基本給だけで月額30万円を支給されていたことと比較して不安定であり、平均的にみると給与額も減少していることが認められるから、他に特段の事情が認められない本件においては、再就職
により原告の就労意思が失われたと認めることはできず、被告らの前記主張は採用することができない。

3.資格職がやむなく非資格職に就くパターン

 当然のことながら、資格職の方は、資格を活かして働くことを重視していることが多くみられます。こうした方が、やむなく非資格職についた場合、瞬間最大風速的に従前の賃金を上回ったとしても就労意思は否定されないと判示された点に本件の意義があります。

 恒常的に賃金が上回っていた場合にも妥当するのかという問題はありますが、資格職の方の他社就労を考えるにあたり、本件の判示は参考になります。