弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇無効の判決を勝ち取った後、すぐに出勤できなかったことは労働契約を終了させる理由になるのか?

1.解雇無効の判決を勝ち取ったその後・・・

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 違法、無効な解雇がなされ、裁判所でその解雇を無効とする判決が言い渡された場合、労働者は当初より労働契約上の地位を失っていなかったことになります。労働契約が存続しているのに働けなかった責任は違法無効な解雇をした使用者の側に責任があるため、解雇日から判決確定までの賃金を請求することもできます。

 しかし、問題はその後です。

 解雇無効の判決を勝ち取れるまでには、年単位の時間を要することも少なくありません。また、訴訟の場では、しばしば熾烈な主張が応酬されます。長期間に渡るブランクがあるうえ、感情的なしこりも残っているとなると、判決確定の翌日から何事もなかったかのように働くことは、現実問題、それほど容易ではありません。復職に向けては使用者と一定の協議を行うことが必要になります。

 ただ、理論的には、それほど単純ではありません。純理論的な話をすると、解雇された時点での労働条件がそのまま維持されているわけですから、協議するも何も、法的な権利義務関係は明らかなわけです。実際、法文にも「協議を求める権利」が明記されているわけでもありません。判決が確定して、受領拒絶状態を解消した後、協議を求めて出勤しないことは、無断欠勤だという理解も成立します。

 それでは、復職に向けた協議が整わず、不出勤期間が続いたことは、法的にはどのように評価されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大津地判令7.1.17労働判例ジャーナル159-52 圓満院事件です。

2.圓満院事件

 本件で被告になったのは、宗教法人です。

 原告になったのは、被告と雇用契約を締結し、僧侶として働いていた方2名です(原告A、原告B)。

平成29年2月1日に普通解雇の意思表示がなされ、

これに対して原告らが解雇無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したところ、

令和元年10月3日に地裁で原告らの地位確認等請求を認容する判決が言い渡されました。

 その後、被告側が控訴、上告したため、結局、一審勝訴判決が確定したのは、

令和3年2月18日

になりました。

 しかし、復職に向けた協議ができず、出勤できないままでいたところ、

令和3年3月9日、被告は臨時役員会議を開催し、原告らが自己都合退職したものとみなす決議を行いました。

 その後、原告らが改めて地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件訴訟の継続中、被告は、原告らが無断法要を繰り返したことや、他寺院で勤務を続けていたことを理由に改めて懲戒解雇を行いました。

 本件では、

自己都合退職とみなす決議による雇用契約終了

の効力が争点の一つになりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、令和3年2月18日に前訴判決の確定した後、自己都合退職とみなす旨の被告における決議のあった令和3年3月9日まで、被告に出勤していなかった。」

「他方において、原告ら訴訟代理人弁護士は、令和3年3月2日、前訴における被告訴訟代理人弁護士宛てに、具体的な勤務開始日、勤務形態、未払賃金の支払方法等について協議を申し入れる旨の内容証明郵便を送付し、同郵便は翌3日に前訴における被告代理人弁護士に到達した・・・。前訴における被告代理人弁護士が、同月9日、前訴判決後の処理に関しては委任を受けていない旨をファックス送信したことから・・・、原告ら訴訟代理人弁護士は、同日、被告宛てに特定記録郵便によって、同様に協議の申入れをした。同郵便が『あて所に尋ねあたりません』として返送されたことから・・・、原告ら訴訟代理人弁護士は、同月11日にも同様に被告宛てに特定記録郵便の送付をした。これが再び『あて所に尋ねあたりません』として返送されたことから・・・、原告ら代理人弁護士は、被告宛てに特定記録郵便を更に送付したところ、同郵便は、同月13日、『受取拒絶』として返送された・・・。」

これらの事実からすれば、原告らは、前訴判決確定からほどなくして被告における就労再開に向けた協議を被告に対して申入れる行動をしており、被告において就労する意思があったというべきであって、自己都合退職の意思を示したと認めることはできない。

「また、前訴において上告審まで被告が争った経過に鑑みて、前訴判決確定後、原告らにおいて就労再開に当たって一定の協議を要すると考えたことも自然であるし、被告において前訴確定判決において命じられた未払賃金の支払義務を果たそうとしていなかったことにも照らすと、前訴判決確定後原告らが直ちに出勤しなかったことや被告Bが他の寺院で勤務していたことを考慮しても、原告らが被告において就労する意思があったとの認定を妨げるものということはできない。」

「したがって、自己都合退職とみなす決議による雇用契約終了は認められない。」

3.自己都合退職とみなす決議とは?

 本件で被告が主張している「自己都合退職とみなす決議」というものの法的性質は、今一良く分かりません。原告は、

「労働者が退職していないにもかかわらず、事業者側が一方的に自己都合退職とみなすがごときは、その実態において解雇というべきであるところ、客観的に合理的な理由を欠き無効というべきである。」

と主張していましたが、判決文上、裁判所は解雇とは捉えてはいなさそうです。

 しかし、経過上、協議を申し入れる時が自然な時に、就労再開に向けて協議を申し入れる行動をしていれば、被告が協議を拒絶したために就労できなかったとしても、雇用契約の終了効が認められないと判示した点は、重要な指摘だと思います。裁判所の判断は、解雇無効の判決を勝ち取った後、労働者側で行うべきことを考えるにあたり、実務上参考になります。