弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇後、予備的に行われた普通解雇について、社会的相当性が否定された例

1.懲戒解雇後に行われる普通解雇

 労働者を代理して懲戒解雇が無効であることを指摘すると、使用者側から

懲戒解雇は有効である

という反論とともに、

仮に懲戒解雇が無効であるとしても、普通解雇する

といった回答を寄せられることがあります。

 使用者側がこういった回答をするのは、懲戒解雇よりも、普通解雇の方が、有効と認められるためのハードルが低いからです。懲戒解雇は、再就職の妨げとなったり、退職金不支給等の不利益と結びついていたりすることから、普通解雇の場合よりも厳格に有効性を審査されます。また、懲戒事由は一般に追加・差替が認められませんが、普通解雇の場合、解雇理由証明書に記載していない解雇理由を主張しても失当とはされないという相違もあります。

 しかし、懲戒解雇と普通解雇とは、本来、使われる局面が異なるはずです。それなのに、何が何でも職場から排除するという強い意思のもと、当然のように予備的主張として普通解雇を被せてくることには常々違和感を覚えていました。

 こうした問題意識を有していたところ、近時公刊された判例集に、懲戒解雇後に予備的に行われた普通解雇について社会的相当性が認められないと判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.6.25労働判例ジャーナル117-50 日本カニゼン事件です。

2.日本カニゼン事件

 本件で被告になったのは、無電解めっき液を中心とする各種表面処理液の設計、愛発、製造及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を結んでいた方です。 

 平成29年3月29日、被告は、契約社員に対してハラスメントを行ったことなどを理由に、原告に対し、同年5月31日付けで懲戒解雇することを通知しました。

 しかし、その後、懲戒解雇の効力に疑義を抱いたため、平成29年5月23日、改めて同月31日付けで予備的に普通解雇することを通知しました。

 懲戒解雇してから普通解雇するに至るまでの間には、次のような事実があったと認定されています。

「被告は、平成29年4月20日、本件の被告訴訟代理人(以下「被告代理人」という。)に対し、本件に関する概略を説明した。」

「被告は、本件に関する経緯や原告の問題点について説明するとともに、原告には懲罰歴がなく、過去の原告以外の懲罰例に照らして本件懲戒解雇はバランスを失するものであり、懲戒権の濫用に当たる可能性が高いものであることは承知しているが、被告が小規模であり原告の被告全体に与える影響が大きいことから、本件懲戒解雇に踏み切ったことを説明し、原告を退職させる方法について相談した。」

「被告代理人は、本件は普通解雇を行うべき場合である旨の助言を行い、被告は、同助言に基づき、P4が中心となって被告の関係者から事情聴取を行い、本件普通解雇の解雇理由として主張する事情を調査して整理した。」

 原告の方は、本件懲戒解雇・本件普通解雇がいずれも無効であるとして、雇用契約上の地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、本件懲戒解雇の効力を否定したうえ、普通解雇の可否について、次のとおり判示し、地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告について、本件懲戒解雇において主張したのと同様の各解雇理由を指摘して、勤務成績が著しく不良であり、会社の業務の遂行上妨げとなった(就業規則64条4号)などと主張する。」

「確かに、原告については、本件懲戒解雇の解雇理由について上記のとおり検討してきたように業務遂行について問題がなかったとはいえず、現に原告に対する人事評価も、被告の従業員の中では相当程度低いものであり・・・、特に原告の職歴等を踏まえて当時の被告の運用としては厚遇の6等級(統括係長相当)として採用したこと・・・に照らすと、そのような厚遇に見合う業務遂行状況であったとは到底いい難い。」

「しかしながら、普通解雇の理由となる業務遂行状況の不良とは、勤務成績が著しく不良であり、会社業務の遂行上妨げとなると認められるときと被告が定めるように(就業規則64条4号。・・・)、その程度が著しいものに限られるというべきであり、また、原告の等級が上記のようなものであるといっても、被告は、原告を降格する権限を有していたのであり・・・、それにもかかわらず解雇せざるを得なかったような事情が求められるというべきである。そして、上記のように原告の業務遂行状況は決して問題がなかったといえるものではないが、被告がB評価ないしC評価を付し、必ずしも常に最低レベルの評価を付していなかったことに加え・・・、原告に対しては、以上の各指導や本件配転を行ったにとどまり、特に、その後の平成26年度及び平成27年度については、被告が解雇理由を主張せず、また、人事評価もB評価又はB-評価を付していた項目もあったように、普通解雇に相当するような程度の著しい業務遂行状況の不良があったとはいえない。」

「加えて、被告は、研究開発室において、自己申告書や週報を通じた指導を行い・・・、また、本件配転を行うことによって原告の業務遂行状況の改善を図ろうとしていたことは認められ・・・、その限度で被告が業務遂行状況の改善に向けた一定程度の指導等を行っていたとはいえるが、結局、本件普通解雇については、本件懲戒解雇を原告に通知した後に被告代理人に相談をして初めて普通解雇を行うこととし、本件普通解雇の解雇理由として主張する事情を調査して整理したことからうかがわれるように・・・、本件懲戒解雇の効力を維持することが難しいと判断しながらも、原告を解雇することに固執し、解雇以外の手段を検討することなく行ったものであることがうかがわれ、この点で本件普通解雇については社会通念上の相当性を欠くものといわざるを得ない。

「そうすると、本件普通解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、また、社会通念上相当であるとも認められないから、解雇権を濫用するものとして無効であるというべきである。」

3.使用者自身の懲戒権濫用の認識が明らかになった稀有な例であるが・・・

 本件の事実認定上の特徴は、懲戒権濫用の可能性が高いことを認識したうえで懲戒解雇を行ったうえ、弁護士から普通解雇を行うことを指示され、解雇理由を探索し出したという普通解雇に至る過程が明らかにされた点にあります。

 通常、主張は使用者側の代理人弁護士が専門的知見に基づいて作成しますし、人証調べは事前に入念な予行練習を行って供述を固めてから行われます。そのため、実務上、ここまで赤裸々な事実が明らかになることは、それほど多くはありません。

 予備的な普通解雇に至る過程があまりにも場当たり的であったことは、本判決の射程を考える上で留意しておく必要があります。

 とはいえ、

「懲戒解雇の効力を維持することが難しいと判断しながらも、原告を解雇することに固執し、解雇以外の手段を検討することなく行ったものであることがうかがわれ」

る普通解雇には社会通念の相当性がないと判示した部分は、懲戒解雇後、予備的に普通解雇をかぶせられた事案で広く活用できる画期的な判断だと思われます。