弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

普通解雇(整理解雇)を懲戒解雇に転換できるか?

1.普通解雇の懲戒解雇への転換

 古くからある論点の一つに、

懲戒解雇を普通解雇に転換できるか?

という問題があります。

 一般論としていうと、普通解雇の方が懲戒解雇よりも有効とされるハードルが低いと理解されています。そのため、懲戒解雇したものの、その効力が争われて裁判所に事件が継続した時、使用者側から

「あの懲戒解雇は、普通解雇する趣旨を含むものだ」

という主張がなされることがあります。これが懲戒解雇の普通解雇への転換と呼ばれる論点です。

 この論点に関しては、一般に、次のように理解されています。

「使用者が普通解雇の予備的な意思表示をしていない事案で、裁判所が、懲戒解雇としては無効であるが普通解雇としては有効であると判断することができるかが解釈上問題となりうる(いわゆる『無効行為の転換』の可否の問題)。紛争の一回的解決の要請からすればこれを肯定することも考えられる)が、懲戒解雇と普通解雇では意思表示の性質が大きく異なり、転換を容易に認めると相手方(労働者)の地位を著しく不安定にするため、使用者による懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が含まれていない限り、転換を認めるべきではない。裁判例の多数も転換を否定している。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕580-581頁参照)。

 それでは、逆に、普通解雇の意思表示に懲戒解雇が含まれていると主張することはどうなのでしょうか?

 先に述べたとおり、一般的に普通解雇よりも懲戒解雇の方が有効と認められるハードルが高いため、このような主張が展開されることは普通ありません。

 しかし、普通解雇の中にも、懲戒解雇に劣らずハードルの高い解雇類型があります。労働者に帰責性を前提とせず、使用者側の都合で行われる「整理解雇」と呼ばれる解雇類型がそれに該当します。この整理解雇を懲戒解雇に転換することができるのかというのが本日のテーマです。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.8.24労働判例ジャーナル141-22 ネットスパイス事件です。

2.ネットスパイス事件

 本件で被告になったのは、インターネット全般に関するコンサルティング業務、インターネットを利用したソフトウェアの企画、開発、販売、広告業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で業務内容をプログラマーとする無期労働契約を締結していた方です。被告から、

「当社ではアドテクノロジー製品の開発を進めていますが、開発の進捗が停滞しているため、開発体制を再検討することになりました。その結果、2021年1月14日(木)をもってA様との労働契約を終了することに決定しましたので、お知らせします。」

などと書かれた「労働契約終了通知書」と題する文書の交付を受け、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、

「本件解雇は、原告の名誉、自尊心に配慮し今後の就職活動で不利益とならないよう整理解雇のように見える形式をとっているが、その実質は、職務経歴書で担当したと記載されている業務項目が全て虚偽である経歴詐称(就業規則11条8号、10条4号)を理由とする懲戒解雇である。」

として、整理解雇に懲戒解雇の意思表示が含まれていると主張しました(なお、「本件解雇が普通解雇の意思表示であることに争いはない」とされています)。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、整理解雇の懲戒解雇への転換を否定しました。

(裁判所の判断)

・本件解雇は懲戒解雇の意思表示を含むものか否かについて

「前記前提事実・・・のとおり、本件解雇の際に交付した労働契約終了通知書には、解雇理由として、アドテクノロジー製品開発の進捗が停滞しており、開発体制を再検討する旨が記載されているのみであり、原告の能力不足や経歴詐称を指摘する文言はないし、懲戒解雇に係る就業規則の条文の摘示もない。また、前記前提事実・・・のとおり、本件解雇の約2週間後に交付された解雇理由証明書には、『解雇理由は、新製品開発の停滞により会社業績が悪化し、人員削減が必要になったため』と冒頭に記載した上で、その後の箇所で具体的な理由として、令和2年9月期において赤字決算となり、翌年9月期決算では会社業績がさらに大幅に悪化することが確実な状況であること、経費の大半が人件費であることを指摘した上で、原告が人員削減の対象となった理由として、本件製品専任であったこととプログラミングの基礎の習得が十分でないことが記載されており、以上の記載内容は本件解雇が整理解雇であることを強くうかがわせるものであるといえる。以上のとおり、本件解雇に伴って被告から原告に対して交付された文書からは、原告に対して企業秩序違反を指摘する記載が全くなく、かえって、整理解雇であることを強くうかがわせる記載があることからすると、本件解雇は普通解雇と解するほかなく、懲戒解雇の意思表示を含むものとは認められない。

「これに対して、被告は、整理解雇という形式をとったのは原告の名誉のためにすぎず、解雇理由証明書・・・には、『採用時に提出していただいた履歴書・推薦状・職務経歴書の記載内容からも、弊社はAさんが「プログラミングの基礎」を習得済みであることを当然の前提とした「プログラマー」の実務経験者として採用しましたが、「プログラミングの基礎」の習得が十分でないことも選定理由です』と記載した上で、その具体的根拠となる具体例が記載されていることからすると、実質的に経歴詐称を理由とした解雇であるということは合理的に解釈できる旨主張する。」

「しかし、上記・・・で説示したとおり、被告が指摘した箇所は整理解雇に当たっての人選の合理性をいうものであって、経歴詐称により企業秩序を損なった旨の指摘はないのであるから、経歴詐称を理由とした解雇であると解する余地はない(なお、実質的に経歴詐称を理由とした解雇であることが合理的に解釈できる解雇であれば、原告の名誉を損なわないようにするという目的を達することは困難であるから、被告の主張に沿って本件解雇を解釈することはできない。)。以上のとおり、被告の上記主張は、指摘する事情をもって懲戒解雇と解することはできないから、採用することができない。

・本件解雇が懲戒解雇として有効か否かについて

以上のとおり、本件解雇は懲戒解雇の意思表示を含むものとはいえないから、解雇理由について判断するまでもなく、本件解雇は懲戒解雇として無効である。

3.当たり前であろうが・・・

 懲戒解雇と普通解雇では意思表示の性質が大きく異なるという通説的な理解に立てば、懲戒解雇の普通解雇への転換であろうが、普通解雇の懲戒解雇への転換であろうが、容易に認められることではないと思います。

 結論は予想された範疇のことではありますが、珍しい論点を扱った裁判例として参考になります。