弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメントの加害者とされた時の対応-大学からの措置にどのように対応すべきか

1.セクシュアルハラスメントの加害者とされたら・・・

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針【令和2年6月1日適用】」は、使用者に対し、 

「職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと」

を義務付けています。措置を適正に行うとは、例えば、

「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるセクシュアルハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること」

をいいます。

 これは職場内で労働者に対して行われるセクシュアルハラスメントに対応するための指針です。しかし、大学教授から学生に対して行われるアカデミックハラスメントにおいても、多くの大学で似たような対応がとられています。

 それでは、学生に対するアカデミックハラスメントの加害者とされ、大学から措置が取られた場合、対象となった大学教授の方は、どのように対応すればよいのでしょうか?

 大雑把に言って、選択肢は二つです。

 一つ目は、措置を受け容れることです。余程悪質なハラスメントである場合は別として、大学からの措置に従っている限り、いきなり解雇されることはあまりありません。

 二つ目は、大学側の措置の適否を争うことです。争って勝つことができれば、措置に従う必要はなくなりますし、措置に従わなかったことを理由とする処分は効力を失います。しかし、上手く行かなかった場合、本人に反省の意思がなく改善する可能性がないとして、解雇される現実的なリスクが発生します。

 二つ目の選択肢をとる場合、リスクコントロールが必要になります。弁護士が代理して対応するときには、措置の効力を争うという本来的目的を毀損しない限度で、いかに改善可能性がないことを理由とする追撃のリスクを抑えるのかに神経を使います。

 争うか/争わないかの判断や、争う場合のリスクコントロールは結構難しく、法専門家以外の方がやると、事態が好ましくない方向に推移することが多いように思われます。一昨日、昨日と紹介している、佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件は、争うことによるリスクが顕在化した事案でもあります。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。

 女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、被告は原告を6か月の停職処分にしました。

 また、被告は、復職した原告に対し、

授業の停止やハラスメント講習会等の参加を義務付けたり(職務上の措置〔1〕〔2〕)、

予定されていた海外渡航を停止したり(本件渡航停止)、

する措置を行いました。

 原告の方は、こうした被告の対応に不服でしたが、次のような争い方をしたところ、普通解雇されてしまいました。

(裁判所で認定された職務上の措置〔2〕以降の事実経過)

「被告大学学長は、平成29年9月29日付けで、原告に対し、平成29年度後学期終了(平成30年3月)までを期間として、停止を義務づける事項及び各種報告書の提出等を義務づける事項を定めた。各事項の内容は、前提事実・・・のとおりである。」

「原告が被告大学に提出した平成29年9月分の業務月報には、『後学期の処遇が学部長から言い渡されたのを受けて、来春に人権救済の裁判を起こすこととした。』『被告大学の不当な決定により後学期からもカウンセリングが継続されることになった。』旨、平成29年11月分の業務月報には、『学長をパワハラで提訴するため担当弁護士と面談した。』旨記載されている。」

「被告大学は、原告が長期にわたり授業を担当していないことも踏まえ、漫然と職務上の措置を継続することは困難であると考え、原告が授業等の教育に従事しない職務への人事異動に応諾する意向があるか面談の機会を設けて確認することとした。そこで、平成29年12月初旬頃、原告に対し、同月8日に面談を行う旨通知した。原告は、同面談を拒否した。」

「被告大学は、平成29年12月12日付けで、原告に対し、翌年度以降の職務について、教育に従事しない職務への人事異動に関し、原告から意向を聴取するため、同月14日に面談を行う旨通知した。原告は、面談当日になって体調不良を原因とする休暇申請をし、同月28日まで欠勤した。」

「そこで、被告大学は、同日付けで、原告に対し、E学部長名義で、教育学部は、ハラスメントの再発等が懸念される状況下では原告に授業を担当させることはできず、配置転換権の行使について検討していること、原告に、授業を持たず、学内の別の職務に従事する意思があるなら平成30年1月5日までに回答するよう求め、回答がない場合には、配置転換権の行使には応じないと回答したものとみなすことを記載した文書を送付した。」

「しかし、原告は上記書面に対する回答をしなかった。のみならず、原告は、平成30年1月4日分の業務日報において、上記文書の原告への送付について、『おそらく学部長でない者が裁判を控えていたずら目的又は嫌がらせ目的で行ったのであろう。だが、作成者の詐称による公文書偽造罪に当たると思われるので、近日中に開始される裁判の中で取上げる争点の一つとして取扱いを検討したい。もちろん、このような犯罪文書の要求に答える必要は全くない。』旨記載して、被告大学に提出した。」

「原告は、被告大学に対し、平成30年1月16日付けで、原告訴訟代理人を通じて、本件停職処分、職務上の措置〔1〕、本件渡航停止及び職務上の措置〔2〕が違憲無効であり、今後被告において予定する職務上の措置の継続、配置転換又は普通解雇はいずれも違憲違法であるから、再考を求め警告する旨の文書を送付した。」

「原告は、平成30年1月分の業務月報に、『提訴予告通知書として、警告書を被告大学学長宛てに発送した。』などと記載し、平成30年2月分の業務日報には、『弁護士に改めて正式な提訴を依頼した。普通解雇の通知が渡された。教授会の審議を経ないままに下された不当解雇である。』などと記載して、被告大学に提出した。」

「被告大学学長は、平成30年2月22日付けで、原告に対し、就業規則19条1号及び4号に該当するとして、解雇予告通知をし、平成30年3月31日付けで普通解雇した。」

 本件では上記のような経過のもとで行われた普通解雇の効力の効力も問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、解雇を有効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

「原告にハラスメント行為再発の危険性が存在し、原告に学生に対する授業を担当させることができないこと、これが職務上の措置〔2〕の時点でも継続していたことは前記・・・のとおりである。そして、職務上の措置〔2〕以降も、原告は、業務月報等において被告に対する法的措置を示唆するばかりで・・・、原告に、ハラスメント行為の自覚、自省の念が涵養されることはなかった。

「そうすると、原告のハラスメント行為再発の危険性は依然として存在し、被告大学は、教育職員である原告に授業を担当させることができず、原告は、本来果たすべき職務に従事することができない状態であるといえる。これは、勤務成績又は業務能率が著しく不良と認められる場合(就業規則19条1号)又はその他これに準ずる客観的かつ合理的な事由があるとき(同条4号)に該当すると認められる。」

「そして、教育学部では、原告が平成27年4月以降授業を担当していないために、他の職員に相応の負担が生じていたところ、原告の在職中は人員を補充することができない状態にあった。被告は、原告に授業を再開させるべく、職務上の措置により約1年間にわたりハラスメント防止に関する研修を受けさせていたが、原告にその成果は現れず、その上、被告は、平成29年12月に原告に対して配置転換による雇用継続の提案をしたが、原告はこれに応じなかった・・・。これらの事情を踏まえれば、被告は果たすべき措置を尽くしており、教育学部における負担を考慮し、原告を普通解雇するという判断はやむを得ないものというべきであるから、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当と認められる。」

「原告は、本件解雇は実質的に同一非違行為に対する二重処分であると主張するが、本件解雇は普通解雇としてなされたものであるから、原告の主張は採用できない。」

「また、原告は、原告が協議に応じなかった理由は、被告が原告の代理人の同席を認めなかったこと、解雇理由の存否について原告と協議しなかったことが原因であるから、被告は解雇回避措置を尽くしていない旨主張する。しかし、原告の勤務態様を含む被告大学の内部運営に関する協議の場に代理人の同席を認めるか否かは、被告に一定の裁量があるというべきであるし、被告に原告との間で解雇理由の存否について協議すべき義務はないから、原告の主張は採用できない。

3.法的措置は連呼しないこと/協議拒否は危険

 本件渡航停止は違法性が認められていますし、職務上の措置と共に法的措置をとること自体は問題ありません。ただ、連呼する必要はなく、初回のみ伝えて速やかに法的措置をとってしまうか、あるいは、最後通牒でのみ言及するか、いずれかの手法をとった方が良かったかも知れません。

 また、協議の場に弁護士を同席させることができるかは両説あり、この点も、あまり硬直的に考えなかった方が良かったのかも知れません。

 事後的に振り返ると何とでも言えるため、当時の判断の当否までは分かりませんが、在職中に使用者側の措置の適否を争うにあたり参考になります。また、在職中の使用者の交渉は本当に難しいので、基本的には弁護士を代理人に選任したうえで行うことが推奨されます。