弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職勧奨を拒否した後も、約2か月間に渡って6回もの退職勧奨を継続することが許されるのか?

1.退職勧奨/退職強要

 「使用者は退職勧奨を原則として自由に行うことができるが、その勧奨行為には限界があり、人選が著しく不公平であったり、執拗、半強制的に行うなど社会的相当性を逸脱した手段・方法による退職勧奨は違法とされる可能性」があります(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕341頁参照)。

 ところが、社会的相当性を逸脱したといえるためのハードルは結構高く、私から見るとかなり酷いことをしていると思われるような事案でも、違法性が認定されない例が少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-36 花村産業事件も、そうした事例の一つです。

本件で被告になったのは、金属商品の製造・販売及び輸出入等を目的とする株式会社です。

2.花村産業事件

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、東京事業所で営業課業務係長として経理事務、営業アシスタント事務を担当していた方です。

「貴殿の勤務態度は、遅刻、欠勤、上司を含む他の職員との衝突・摩擦、労働時間の浪費、指揮命令違反、その他貴殿との職場内でのコミュニケーション方法等に関して、これまでに幾多の改善指導を試みても改善しませんでした。」、

「他の従業員が傷つくことも複数回発生しておりました。」

との理由で普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める労働審判を申立てました。これが被告側の異議申立により本訴移行したのが本件です。

 本件では解雇前に行われた退職勧奨の違法性も争点の一つになりました。これは、原告が、違法な退職勧奨を受けたとのことで、被告に対して損害賠償を請求したからです。

 裁判所は、被告が行った退職勧奨について、次のとおり述べて、違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「退職勧奨を行うこと自体は、説得のための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、原則として不法行為を構成するものとは解されない。」

被告は、原告に対し、令和2年11月16日及び同月26日に退職勧奨をし、同年12月17日には退職勧奨書及び『退職勧奨の理由について』と題する書面を交付し、同月24日及び令和3年1月7日にそれぞれ退職勧奨同意書の提出を促した上、原告が退職勧奨を拒否する旨を伝えた後も、同月16日に『退職される皆様へ』と題する書面等を郵送したものであって(認定事実(11)ア、ウ、(15)ア、イ、(16)イ、(17)イ、(18)ア、イ)、約2か月間に6回の退職勧奨を行ったものといえるが、その頻度、内容に照らしても、説得のための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱したものということは困難である。

(参考)

・認定事実(11)ア、ウ

「Dは、原告に対し、令和2年11月16日、口頭で退職勧奨をしたが、原告は、これに応諾しなかった。」

「C及びEは、原告に対し、令和2年11月26日、退職勧奨を行ったが、原告は、アルミニウム工場の件、庄内事業所の件、駐輪場においてNと立ち話をした件について調査してほしいと述べ、退職の意思がないことを伝えた。」

・認定事実(15)ア、イ

「被告は、原告に対し、令和2年12月17日、同月10日付け退職勧奨書を交付し、『あなたは、2020年8月21日に入社した海外営業部配属のNに対して、8月31日の就労後、夜半に長時間かけて同東京事業所内に勤務する社員及びその家族に対する誹謗中傷を行ったことが発覚し、またその後10月20日に退職したPの離職理由があなたの日常の勤務態度が一因だったため、9月16日にD所長経由で本人に改善を促した。しかし、一向に状況は好転せず、その後もあなたの言動により職場の雰囲気も非常に悪化しているという職場の複数の社員からの報告もあり、ここで退職を勧奨することにした。』等を理由に、退職日を令和3年1月20日として退職するよう勧奨した。」

「被告は、原告に対し、令和2年12月17日、上記退職勧奨とともに、同月10日付け『退職勧奨の理由について』と題する書面を交付し、退職勧奨の理由について『〔1〕誹謗中傷』、『Fさんがあなたとの関係において、『適応障害(うつ病)』と診断され2017年9月から1年間休職した。』、「『〔2〕仕事の妨害と話し合いの欠如』、『以前の話になるが、所長不在の際に、海外営業部に在籍していたG及びQから、長時間あなたの話に付き合わされるという苦情があった。』、『〔3〕偏った新人教育』、『あなたが入社後、10名以上の女性社員が退職しているが、あなたの報告では各人の能力が足りなかったり、各人の仕事以外の都合により退職したと説明を受けた。』、『〔4〕異常な自己アピール』、『Fさんが復帰する、しないという時期に、あなたは2018/7/12に『精神的不安定な状態につき』という理由を書いて1時間30分遅刻。』、『〔5〕時間管理について』、『日中倉庫に行っての喫煙時間や携帯電話の時間が頻繁にあり、外出してもどこに行っているかわからないケースが多い。』等と説明した。」

・認定事実(16)イ

「Dは、原告に対し、令和2年12月24日、上記・・・の退職勧奨を前提として、退職勧奨同意書の提出を促した。」

・認定事実(17)イ

「Dは、原告に対し、令和3年1月7日、上記(15)アの退職勧奨を前提として、再び退職勧奨同意書の提出を促した。」

・認定事実(18)ア、イ

「原告は、被告に対し、令和3年1月15日、退職勧奨の拒否に関する旨の通知書を提出し、被告による退職勧奨に応じない旨を伝えた。」

「被告は、原告に対し、令和3年1月16日、『退職される皆様へ』と題する書面、退職日欄に同月20日と記載された離職票、年金手帳、確定拠出年金移管パンフレットを郵送した。」

3.明確に断っているのにやりすぎではないのか?

 私の感覚では、明確に退職勧奨を断っている労働者に対し、『退職される皆様へ』と題する書面等を一方的に送付することは、明らかにやりすぎではないかと思うのですが、裁判所はこれを違法であるとは認めませんでした。

 結論には賛成できないものの、退職勧奨の違法性のハードルが高さを推知する上で参考になります。