弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇撤回後の嫌がらせ-自宅待機命令に不法行為該当性が認められた例

1.解雇撤回後の嫌がらせ

 無理筋の解雇に対し、労働者側から解雇無効、地位確認を主張すると、使用者側から解雇を撤回されることがあります。

 これが真摯なものであればよいのですが、敗訴リスクを考慮して解雇を一旦撤回するものの、当該労働者を職場から排除する意思を喪失することなく、退職に追い込むため、あの手のこの手の嫌がらせに及ぶ使用者も少なくありません。

 そうした嫌がらせの手法として、自宅待機命令があります。解雇を撤回するものの、当該労働者に対し、延々と自宅待機を命じる手法です。自宅待機命令とは、自宅で待機することを労務として命じるものです。自宅で待機していること、それ自体が労務の提供に該当するため、使用者は自宅待機していた労働者に対し、賃金全額を支払う必要があります。それでも、自宅待機を命じ、仕事を与えず飼い殺しにしながら、耐えられなくなった労働者が、自宅待機中に、自分から辞めると言い出すのを待ちます。

 当たり前ですが、このような手法は法的にも許されません。近時公刊された判例集にも、こうした手法に不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.2.7労働判例ジャーナル137-30 日本ビュッヒ事件です。

2.日本ビュッヒ事件

 本件で被告になったのは、製薬業、化学工業及び食品製造業のための研究機関用検査分析装置及び分析機器の輸入、販売、保守管理等を目的とする株式会社です。スイス企業の日本法人であり、平成29年6月1日時点で、

営業担当10名、

保守サービス担当6名、

マーケティング担当6名、

その他7名

の合計29名の人員を有していました。

 P3は被告の従業員であり、平成31年1月にGM(General  Manager)に就任したうえ、同月以降、実質的な代表者として、被告を経営している方です。

 原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を手結し、平成17年4月以降、被告で稼働してきた方です。

令和2年11月30日付けで解雇され、

令和3年3月10日、解雇は無効であるとして、地位確認等を求める訴訟を提起したところ、被告から、

令和3年11月30日付け

で解雇を撤回されました。

 その翌日である

令和3年1年12月1日、

被告は、原告に対し、自宅待機命令(本件自宅待機命令)を発出しました。本件の原告は多岐にわたりますが、その中の一つに、本件自宅待機命令の適法性がありました。

 原告はこれが不法行為に該当すると主張し、裁判所は、次のとおり述べて、本件自宅待機命令の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、原告は、令和3年12月1日以降自宅待機状態となっており、口頭弁論終結日である令和4年11月8日の時点で1年近く経過しているものである。しかも、前記認定事実によれば、被告は、原告に対し、1日1回のメール確認のほかは、具体的な業務指示を行っていないところ、令和3年12月1日の本件解雇の撤回時の辞令の内容、前記アで指摘した令和4年1月4日の面談時における退職要求や復職に関するP3GM及びP5の発言内容、9月30日メールを理由とする本件けん責処分がされたことなどに照らすと、被告が、口頭弁論の終結時までに原告の職場復帰に向けて真摯に検討してきたものとは評価し難く、被告が指摘する会社の規模を考慮しても、むしろ原告を敵視し、退職させようとの意図のもとに自宅待機を継続させているものというべきであって、上記意図のもとに自宅待機状態を継続させていることは、不法行為を構成するというべきである。

 なお、上記「9月30日メール」の内容は、下記のとおりです。

「原告は、令和2年9月30日、スイス本社の営業部門責任者であるP7(以下「P7」という。)及びP4に対し、『P3氏が日本ビュッヒに入社して以降、10人を超える同僚社員が退社しました。日本ビュッヒの組織はP3氏の濫用的なマネージメントにより破壊されてしまいました。』などと記載したメール(以下『9月30日メール』という。)を送信した・・・。」

3.延々と自宅待機を命じられた場合には対抗手段(損害賠償請求)がある

 裁判所は、以上のとおり、本件自宅待機命令の違法性を認めました。解雇撤回後の法律関係を考えるにあたり、本件は参考になります。