1.在職中の訴訟提起
解雇の効力を争う事件が思い浮かぶのか、一般の方の中には、労働関係訴訟について、職場から排除された後に争うものというイメージを持つ方がいます。
しかし、職場から排除された後、あるいは、職場を去った後で行うというのは、労働関係訴訟の一面を捉えたものでしかありません。在職中に残業代を請求したり、配転の効力を争ったり、停職等の懲戒処分の効力を問題にしたり、ハラスメントを理由として損害賠償を請求したりする方は、決して少なくありません。
在職中の方は、労働問題を事件化するにあたり、しばしば「会社との関係が悪くなるのではないか?」という心配を口にします。
私自身の経験からすると、確かに、訴訟を提起して会社との関係が良好になることはあまりありません。現状維持か、悪化している例が殆どではないかと思います。
しかし、悪化するとはいっても、あまり露骨なことをしてくる会社は少なく、辞めざるを得なくなるような嫌がらせをしてくる会社はあまり目にしません。法的措置をとったことの報復と捉えられることを警戒するし、場合によってはハラスメントで訴えられて更に傷口を広げるからではないかと思います。そのため、悪化するとは言っても大抵の事案では高が知れていて、法的措置を断念しなければならない理由にはならないというのが実感です。
近時公刊された判例集にも、法的措置をとった後に行われた自宅待機命令について、不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している東京地判令5.4.28労働判例ジャーナル141-28 埼玉県森林組合連合会事件です。
2.埼玉県森林組合連合会事件
本件で被告になったのは、
森林組合法に基づく森林組合連合会(被告連合会)、
被告連合会の事務所で参事兼事務局長として勤務していた方(被告C)、
被告連合会の理事・副会長の方(被告D)
の三名です。
原告になったのは、被告連合会の職員の方です(元業務部長(管理職))。
平成27年5月29日、原告は被告連合会から解雇されました。
原告は、この解雇を無効であると主張し、被告連合会に対して地位確認請求訴訟を提起しました(前件訴訟)。
平成30年4月20日、前件訴訟の一審は、解雇が無効であるとして、地位確認請求を認容する判決を言い渡しました。ただ、一審判決は慰謝料請求を棄却する内容であったため、原告は一審判決に控訴しました。
一審判決控訴中の平成30年5月7日、被告連合会は前件訴訟で問題となった解雇を撤回し、同日9日から事務所に出勤することを命じました。しかし、原告が控訴したことを理由に、控訴審が終結するまで自宅待機することを命じました。
前件訴訟の控訴審判決は平成31年1月31日に言い渡され、被告連合会は、同年4月12日付け内容証明郵便、同年4月15日付け内容証明郵便により出勤を命じ、原告が同月19日に出頭すると、
他の職員らが執務する隣の部屋で一人で執務することを命じられる、
控訴審終了後から平成31年4月18日まで10日間以上に渡り無断欠勤したことなどを理由に懲戒処分(停職3か月)を受ける、
などの処遇を受けました。
これに対し、原告の方が、懲戒処分の無効確認や、ハラスメントを理由とする損害賠償請求を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の特徴は、訴訟提起後に割と露骨な冷遇が行われていることです。
原告が訴訟を提起したのは、令和元年7月24日です。
その後、被告は、
令和元年8月27日に、出向先で現場作業員2名へのお茶出しや、トイレ掃除等の職務を行うことを内容とする出向命令を発令し、
令和3年3月31日に、出向命令を解除したうえ、併せて、本件訴訟が終結するまで自宅待機を命じました。
本件では、出向命令や自宅待機命令の不法行為該当性が争点の一つになりました。
出向命令が違法とされたことは昨日ご紹介したとおりですが、裁判所は、次のとおり述べて、自宅待機命令にも不法行為該当性(違法性)を認めました。
(裁判所の判断)
「被告連合会が令和3年3月31日に原告に対して本件訴訟が終結するまで自宅待機を命じたこと(本件自宅待機命令)は、前記前提事実・・・のとおりである。」
「被告連合会は、原告が繰り返し内部資料を持ち出すなどしていたことから少なくとも本件訴訟が終了するまでの間は原告に対して適切な就業場所を提供することが困難であると判断した旨主張するが、被告連合会が主張する事情を勘案しても、原告に対して就業場所を提供しないことについての合理的な理由があったとは評価し得ないから、本件自宅待機命令は正当な理由なく労務の提供を拒否するものであって不法行為を構成するというべきである。」
3.訴訟提起した職員を訴訟が終わるまで自宅待機とすることは不適切
当たり前のことながら、誰しも裁判を受ける権利を有しているのであり、訴訟提起したことへの報復は許容されません。報復が許されては、訴訟提起を抑制せざるを得なくなり、裁判を受ける権利が保障された意味が無に帰してしまうからです。
本件でも、訴訟が終結するまで自宅待機せよといった妥当性・適法性に強い疑義のある自宅待機命令は違法だと判示されました。
仮に露骨な報復がされれば、本件のように慰謝料請求を追加するといった対応をとることも可能です。色々な理由から裁判をしないという判断をするのは自由だと思いますが、対処の仕様はあるので、報復を受ける可能性があるからという理由では断念しないことをお勧めします(そもそも露骨な報復をしてくる会社は、気を遣って法的措置をとらなかったとしても、不当な処遇を強化・拡大してくることが多く、訴訟提起を断念したところで必ずしも良い結果に繋がるわけではないことも指摘できます)。