弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地位確認請求訴訟で解雇無効を勝ち取った後の労働者の処遇-長年慣れ親しんだ職場から遠方への配転を争えるか?

1.解雇無効を勝ち取ったその後

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。この条文により、濫用的な解雇権の行使は、その効力を否定されることになります。

 解雇された労働者が、解雇無効を主張して地位確認請求訴訟を提起し、請求を認容する判決が確定した場合、労働契約上の権利を有する地位が当初から継続していたことになり、職場復帰を果たすことになります。

 この場合、復帰直後に多少の軋轢はあっても、労働者は職場に馴染んで行くという経過を辿るのが普通です。しかし、復職した労働者に対し、嫌がらせと受け取られかねないような人事上の処遇をする例も散見されます。その典型が遠方への配転です。

 それでは、さしたる必要性もないのに、解雇の効力を争って復職した労働者を遠方に配転する措置を争うことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡地判令5.9.19労働判例ジャーナル141-1 学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム事件です。

2.学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム事件

 本件で被告となったのは、

福島市に所在する桜の聖母学院等を設置する学校法人(被告コングレガシオン)

北九州市に所在する明治学園中学校・高等学校、明治学園小学校(本件学校等)を設置、運営する学校法人(被告明治学園)

の二名です。

 原告になったのは、学校法人明治学園(被告明治学園とは別の法人 消滅法人旧明治学園)に常勤講師としって採用され、明治学園高等学校教諭の辞令を受け、数学教員として勤務していた方です。消滅法人旧明治学園は被告コングレガシオンに吸収合併されましたが、被告コングレガシオンは令和5年に新設した被告明治学園に被告明治学園を移管・譲渡したという経過が辿られています。

 原告は平成29年8月22日付けで被告コングレガシオンから解雇されました。これに対し、原告は福岡地方裁判所小倉支部に労働契約上の権利を有する地位の確認等を求める訴えを提起しました。この事件の控訴審裁判所は、解雇を無効であるとしたうえ、原告の地位確認請求を認容する判決を言い渡し、最高裁番所の上告を受理しない決定により、控訴審判決が確定しました(令和3年1月19日)。

 その約9か月後である令和3年10月16日、被告コングレガシオンは、原告に対し、福島市に所在する桜の聖母学院において数学教員として勤務することを命じる配転命令を行いました。

 これに対し、原告が、配転命令の効力を争い、桜の聖母学院において勤務すべき労働契約上の義務がないことの確認を求めることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では配転命令の権利濫用性が争点になり、原告は次のとおり主張しました。

(原告の主張)

「被告コングレガシオンの理事長b(以下『b理事長』という。)は、令和3年11月27日の団体交渉において、桜の聖母学院の数学の教員が1名抜けるが、授業時間数としては数時間のことであり、皆でやりくりすれば何とか対応できると発言しており、原告を桜の聖母学院に配転しなければならないような業務上の必要性は存しない。」

「被告コングレガシオンは、本件解雇が無効であることが訴訟上確定した後も、原告の職場復帰を一切認めず、職員室への立入りも禁止しており、この間の団体交渉において、原告には就労請求権がないから給料を支払っていれば使用者としての債務不履行はない旨の主張を繰り返すばかりであった。このように、何ら合理的理由を示すことなく原告を職場復帰させないという被告コングレガシオンの態度から、原告を職場から排除しようという意図を明白に読み取ることができ、本件配転命令は不当な動機、目的によってされたものであることは明らかである。」

「b理事長は被告コングレガシオンの法人本部のある福島を拠点としている。原告に対する不当解雇を主導し、現在まで原告の職場復帰を拒んできたb理事長のいる福島に異動となることにより、原告は、これまで以上にb理事長の管理下に置かれることとなり、耐え難い精神的苦痛を被ることとなる。」

「また、原告は、自身の母校である本件学校で20年以上にわたって教師としての仕事に励んできたのであり、慣れ親しんだ環境を奪われ未知の土地である福島に異動し、一から人間関係を築き、職場環境に慣れていくこと、理不尽な対応に終始しているb理事長の所在地にただ1人放り込まれることは原告の心身に強烈なダメージを与える。」

「このように、本件配転命令により、原告は著しい精神的苦痛を被ることとなる。」

「被告コングレガシオンは、原告に対し、事前に何らの説明もなく、事情聴取もないまま、突然、一方的に、本件配転命令を突き付けてきたのであり、この間の団体交渉においても何ら誠実な態度は見られず、手続の妥当性も欠如している。」

 こうした主張を受け、裁判所は、次のとおり述べて、配転命令の権利濫用性を認めました。

(裁判所の判断)

「使用者による配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合は、当該配転命令は使用者が権利を濫用したものとして無効となると解される(労働契約法3条5項、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。」

「これを本件についてみるに、原告が保有する免許が中学校及び高等学校の数学のみであること・・・、被告コングレガシオンが設置する中学校・高等学校は、本件配転命令当時、本件学校及び桜の聖母学院のみであったこと・・・、令和3年度から令和4年度にかけて、桜の聖母学院の数学科においては異動により欠員が生じた一方、本件学校において欠員は生じておらず、総授業時間も減少していること・・・が認められ、これらの事情からすれば、本件配転命令時において、本件学校よりも桜の聖母学院のほうが、数学科教員をより必要としていたといえるから、本件配転命令に業務上の必要性がないとはいえない。」

「もっとも、原告は、20年以上にわたって本件学校で数学教員として勤務してきたところ、被告コングレガシオンから本件解雇を通知され、本件学校から排除され、本件解雇が無効である旨の前件控訴審判決が確定し本件学校に復帰すべき状況が明らかになったにもかかわらず、その後も約9か月間にわたり、本件学校に復帰させてもらえず、本件学校への敷地内への立入りすら禁じられた状態が継続し・・・、前記のとおり、これまでシスターを除く一般の教職員が本件学校から桜の聖母学院へ異動となった例はうかがわれない中で、異動についての何らの意向の聴取等も行われずに本件配転命令を受けるに至った・・・という一連の経過及び本件配転命令の業務上の必要性はないとはいえない程度にとどまること・・・に照らせば、本件配転命令が、業務上の必要性とは異なる、不当な動機・目的をもってなされたことが強く疑われる上、原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ない。

以上の点に鑑みれば、本件配転命令は、権利を濫用したものとして無効となるというべきである。

3.配転命令の権利濫用性が認められた

 以上のとおり、裁判所は、本件配転命令の権利濫用性を認めました。

 復職後、イレギュラーな配転命令が出され、二次紛争になる例は一定数あり、そうした事案に取り組むにあたり、本件は参考になります。