弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

相当性に疑問があるとされながらも別室隔離の不法行為該当性が否定された例

1.不相当(不適当)だけれども違法性が認められないゾーン

 民法709条は、

「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 本条に言う

「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」

とは、

違法な権利侵害行為が存在すること」

を意味すると理解されてます(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第6版、令元〕1479頁参照)。

 この「違法な」という言葉がポイントで、権利侵害行為に違法性があると認められるためには、行為の悪性や損害の程度が一定の閾値を突き抜けていることが必要になります。この閾値を突き抜けていない場合、例え不相当・不適当な行為がなされていたとしても、行為者に損害賠償責任を問うことはできません。

 このように、法律の世界には、

「不相当・不適当だけれども、違法とまではいえない」

という領域が存在します。

 ハラスメントを理由とする損害賠償請求訴訟では、しばしば、この「不相当・不適当だけれども、違法とまではいえない」という領域の枠内にあるのかどうかが問題になります。

 近時公刊された判例集にも、相当性に疑問が呈されながら、違法とまではいえないという理屈のもと、損害賠償請求が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令4.2.25労働判例ジャーナル127-50 DRPネットワーク事件です。

2.DRPネットワーク事件

 本件で被告になったのは、自動車板金塗装事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成25年4月1日以降、期間1年の有期労働契約の更新を繰り返し、アジャスター業務に従事していた方です。

 平成31年2月26日、被告のC会長とD社長は、原告に対し、経営状態が良くないことを理由に、次期契約を更新しない意向を伝えました。

 しかし、原告が刑やウ更新を強く希望した結果、契約は更新されることになり、平成31年4月1日、労働契約の終期を令和2年3月15日とする有期労働契約を締結しました。

 令和元年12月11日、被告のC会長から令和2年1月15日付けで解雇すると告げられたことを受け、令和元年12月16日、原告は被告に対してメールで無期転換権を行使しました。

 しかし、令和2年1月15日、被告は、原告に対し、期間を定めることなく、本社事務所ではなく旧社屋に行くよう指示する配置転換を命じ、アジャスター業務をさせず、同所で待機することを指示しました。

 そして、令和2年1月30日、同月末日付で労働契約を解除する旨の意思表示をしました。

 本件の原告は、

解雇が無効であるとして、労働契約上の地位確認を求めるとともに、

本件配転命令が原告を退職に追い込む目的で多大な精神的苦痛を与えるために行われたなどと主張し、不法行為に基づいて損害賠償を請求しました。

 今日の記事で焦点を当ててみたいのは、この損害賠償請求部分です。

 裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、濫用にわたらない限り、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができる。したがって、配転命令につき業務上の必要性がない場合や、業務上の必要性がある場合であっても、他の不当な動機・目的をもってされたものであるときや、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情がある場合でない限り、当該配転命令は権利の濫用になるものではない。ここにいう業務上の必要性は、高度のものに限定されず、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは肯定すべきである(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。

「本件配転命令の業務上の必要性について、被告は、原告が業務上取り扱う秘匿性の高い情報に接することのないよう旧社屋への異動を命じた旨主張する。」

「この点、原告の最終出勤日を令和元年12月末日とする合意が認められないことは上記3で述べたとおりであるが、他方で、被告は同年12月の時点で原告に対し令和2年1月15日限り解雇する旨述べる・・・など、同年1月以降、原告に対して積極的にアジャスターとしての業務を行わせる意思はなく、遠からず解雇や雇止め等何らかの方法で原告との労働契約を終了させる方針であったと認められる。そうすると、当時の被告としては、原告が保険契約者等の個人情報を含む業務上の情報に接することのないよう、業務に使用していない旧社屋を勤務場所とすることについて、業務上の必要性があったことは否定し難い。また、本件配転命令前後の時期において、被告が原告に対し退職を執拗に促す言動に及んだ事実は認められず、原告を退職に追い込むなどの不当な動機・目的があったと認めることもできない。」

もっとも、何らの業務も与えられないまま一人で旧社屋に配置された原告の精神的苦痛は看過し得ないものがあり、かかる措置の相当性には疑問を禁じ得ないところであるが、一般に労働者には就労請求権はなく、被告には原告に従前どおりの業務を命ずる義務はなかったこと、異動当初は暖房を入れられなかったが後にエアコンのリモートスイッチが設置されて解消したこと・・・、旧社屋に配置された期間は令和2年1月15日から同月31日までであり、その間の出勤日数は10日程度と、さほど長期には及ばず、この間の給与も支払われていること・・・等の事情に照らすと、本件配転命令が権利濫用に当たるとは断じ難く、かつ、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を及ぼしたとまでは認められない。

したがって、本件配転命令が不法行為を構成すると認めることはできない。

3.配転ではなくハラスメントの枠組みで議論することも考えられるのではないか

 以上のとおり、本件では配転命令権の濫用を議論する際の判断枠組のもとで違法性の有無が議論され、不法行為該当性が否定されました。

 しかし、本件は配転命令権の濫用というよりも、むしろ単なるハラスメントとして捉えた方が実体に近いのではないかと思います。

 令和2年1月15日厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、パワーハラスメントを、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう

定義しています。

 また、

「自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自WEBで宅研修を受講したり

させることを典型的なパワーハラスメントとして例示しています。

 そして、

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」

言動とは、

「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの

を意味するとされています(前掲指針)。

 配転の判断枠組は配転という手段をとることが必要であったのかや、不当な目的で行われたものではないのかを議論するものです。

 これに対して、パワーハラスメントの判断枠組は、ある一定の経営目的との関係において、配転という手段をとること自体の相当性を問題にすることができます。必要性が肯定される場合であったとしても、手段において相当な範囲を超えているという議論を展開することができます。

 配転命令権が濫用になる範囲と、パワーハラスメントが成立する範囲、民法上の不法行為が成立する範囲の関係性についてあまり深く考察したことはありませんが、「相当」性という文言が規範に含まれている分、配転命令権が成立する範囲よりも、パワーハラスメントの成立範囲の方が広いように思われます。

 争点設定の仕方としては、配転命令権の濫用事案ではなく、より端的ににパワーハラスメントだと主張することも考えられたかも知れません。