弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントを理由とする制裁人事と定期人事異動の区別

1.ハラスメントを理由とする制裁か定期人事異動か?

 令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、

「職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと」

と規定しています。

 そして、

「措置を適正に行っていると認められる例」

として、

「 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるパワーハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること」

を挙げています。

 こうした法令の定めに基づいて、使用者によってハラスメントの加害者であると認定された労働者が、配転命令によって他部署に異動となる例は少なくありません。

 この配転命令が不定期になされているなど、ハラスメントの認定と外形的にも密接に結びついている場合、配転命令の効力を争うことは比較的容易です。この場合、配転命令の必要性を根拠付けているのはハラスメントの事実であるため、ハラスメントが存在しなかったことさえ説明できれば、配転命令の効力を否定することができます。

 問題は、ハラスメントをしたと言われている労働者が、定期人事異動の機会に制裁的・懲罰的な配転命令を受けた場合です。この場合、ハラスメントの不存在を説明できたとしても、使用者側は「定期人事異動の一環だ」という主張を展開してきます。こうした主張に打ち勝つためには、どのような事実に注目すればよいのでしょうか? 一昨日、昨日とご紹介している、松山地判令5.1.31労働判例ジャーナル135-68 社会福祉法人宇和島福祉協会事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.社会福祉法人宇和島福祉協会事件

 本件で被告になったのは、

障害者支援施設の経営等を目的とする社会福祉法人(被告法人)、

被告法人の臨時職員であり、原稿の部下として勤務していたC(被告C)

の二名です。

 原告になったのは、被告が経営する障害者支援施設の施設長を務めていた方です。被告Cに対してパワーハラスメント(パワハラ)を行ったとして訓戒処分を受け、更に別の施設の事務局長補佐へと配転命令を受けたことについて、慰謝料や配転先で勤務する義務がないことの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件でパワハラ行為は証拠上認定されず、訓戒処分の効力は否定されました。

 しかし、被告法人は、

「本件配転命令は、第三者委員会が、原告の被告Cに対する本件各パワハラ行為を認定し、原告の職場の異動が望ましいと助言したことを踏まえて行われたものであるし、定期人事異動の一環として行われたものである。

と定期異動であることも盛り込んだ主張を展開しており、本件では、その当否が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、配転命令は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件配転命令が配転命令権を濫用したものとして無効となるか否かの判断に当たっては、〔1〕業務上の必要性の有無、〔2〕原告の著しい職業上または生活上の不利益の有無、〔3〕被告法人の不当な動機・目的の有無を検討する必要がある。そこで、まず、本件配転命令に業務上の必要性があるかどうかについて検討する。」

「この点、被告法人は、本件配転命令は、第三者委員会が、原告の被告Cに対する本件各パワハラ行為を認定し、原告の職場の異動が望ましいと助言したことを踏まえて行われたものである旨主張するが、前記のとおり、そもそも本件各パワハラ行為があったとは認められないため、本件各パワハラ行為の存在や本件各パワハラ行為の存在を前提とする第三者委員会の意見を根拠に業務上の必要性を基礎付けることはできない。」

「また、被告法人は、本件配転命令は、定期人事異動である旨主張する。確かに、本件配転命令の異動日が『4月1日』であることからすると、定期人事異動の一環に組み込まれていることは否定できない。しかし、被告法人の役職として事務局長補佐というポスト自体、本件各パワハラ行為の存在が問題となったのと同時期の令和3年2月下旬頃新たに作られたものであること・・・、前記のとおり、被告法人自身、本件配転命令は本件各パワハラ行為に関連して第三者委員会からの助言を踏まえて決定したものであることを認めていること、被告法人の理事会においても、本件各パワハラ行為の存在を前提に訓戒処分及び『豊正園の事務局長補佐として新たなスタートとして頑張っていただくこと』が議長であるFから提案され、これが議決されるとBから『こちらも寛大な処分、ありがとうございました』と述べられていること・・・、本件各パワハラ行為の存在以外に、平成5年6月から被告法人に勤務し、令和3年3月当時はフレンドまつのの施設長として月額5万円の役職手当の支給を受けていた原告が、これよりも役職手当が月額1万円低い豊正園の事務局長補佐に配置転換させられることを合理的に説明できる事情を認めるに足りる証拠はないことなどからすると、本件配転命令は、あくまで本件各パワハラ行為の存在を前提とした人事であり、本件各パワハラ行為が存在しない場合に定期人事異動として、原告が豊正園の事務局長補佐に異動する必要性があったとはにわかに認め難い。

「以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性なくして発せられたものであると認められるから、その動機・目的や原告への不利益等他の点を考慮するまでもなく、配転命令権の濫用に当たり、無効というべきである。」

3.その(定期人事)異動、パワハラ行為が存在しない場合にもなされていたのか?

 裁判所は、配転の効力を否定するにあたり、

「パワハラ行為が存在しない場合に定期人事異動として、・・・異動する必要性があった」

のかという議論の立て方をしました。パワハラ行為が前提になっていることの論証の仕方も含め、裁判所の判断は、定期人事異動に仮託した制裁人事の効力を争ってゆく局面において参考になります。