弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

内定しても油断は禁物-歓迎会で羽目を外し過ぎて内定取消になった例

1.内定=労働契約の成立

 採用内定の法的性質については、

「採用内定の過程で労働契約が成立し、その後の内定取消は労働契約の解約(解雇)にあたるため、内定者は合理性・相当性を欠く内定取消(解雇)の無効を主張して労働契約上の地位確認を求めることができるとする見解」

があります。これを労働契約成立説といいます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕456頁参照)。

 採用内定の法的性質について、労働契約成立説を採用する裁判例は少なくありません。最高裁判例の中にも、採用内定の法的性質について、

「採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当」

と判示したものがあります(最二小判昭54.7.20労働判例323-19 大日本印刷事件参照)。

 労働契約成立説の説明の中でも触れられていますが、採用内定が出た時点で労働契約が成立していると理解すると、内定取消は解雇に相当します。そして、労働契約法16条は、解雇について、

「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」

と規定しています。いわゆる解雇権濫用法理です。解雇権の行使は解雇権濫用法理によって厳格に制限されているため、そう簡単に認められることはありません。内定取消も解雇である以上、それなりに強い事情がなければ有効にはなりません。

 しかし、だからといって、あまりに気を抜きすぎると、内定取消の憂目にあうことがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令4.9.21労働経済判例速報2514-27 A社事件も、そうした事案の一つです。

2.A社事件事件

 本件で被告になったのは、非鉄金属材料・鉄鋼その他金属材料の輸出入及び国内販売等を営む商社です。

 原告になったのは、転職エージェントを通じて被告の求人に応募した方です(内定取消当時34歳)。

平成30年6月6日付けで採用内定通知を受け、

平成30年9月7日には三次会まである歓迎会に出席しました。

 しかし、

平成30年9月14日、歓迎会での言動が問題視され、10月1日の就労始期を目前に採用内定を取り消されました。これを受けて、内定取消の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方の一次会、二次会、三次会の言動は、次のとおりであったと認定されています。

(裁判所の認定事実)

・一次会

「本件会食の一次会は、居酒屋の座敷席で行われた。原告は、一次会において、被告従業員の肩に手を乗せて、それを支えに立ち上がる動作をしたり、背中を叩いたり、首に腕を巻き付けるなどの行為を行った。」

・二次会

「本件会食の二次会は、カラオケセットのあるスナックにおいて行われた。」

「原告は、二次会において、Dに対して『D』と呼び捨てにしたり、原告の直属の上司になる予定であった被告従業員E(以下『E』という。)に対して『E』と呼び捨てにするようになった。また、前々職を退職した理由について、自分としては会社の許可を得て大きな買い物をしたつもりであったが、問題になった際に、常務に全ての責任を押し付けられ、自ら会社を辞める結果となった旨述べたり、被告への入社理由について、ついでに受けただけである、たまたま採用までのスピードが早かったため、入社することにした旨の発言をした。また、原告は、『自分が10億円の買い物をしたいと言った場合、許可してくれますよね』などと述べ、Eが社内決済ルールや意思決定の手順を理解し遵守することが組織である以上は重要であり、そのように言われたとしても許可することにはならない旨の説明をすると、原告は『10億じゃなくても1億ならOKですかね』、『とにかく自分はでかいことをやるということしか考えていないんです』などと述べた。」

「Eは、社内のルールを軽視するかのような原告の上記言動を看過できないと考え、二次会を切り上げて、原告と落ち着いて話すために店を変えることを提案し、他の参加者とともに上記スナックを退店し、徒歩で移動した。」

「原告は、上記移動中、Dに対して、『やくざ』、『反社会的な人間に見えるな』と発言した。」

・三次会

「本件会食の三次会は焼き肉店で行われた。」

「Eは、もう一人の被告従業員(G)とともに、原告に対して、組織で働くために社内のルールなどを守ること、独りよがりではなく社内で十分に協議した上で決定した会社の方針や取引先のニーズに合わせて業務を行っていくことの必要性などについて説明したが、原告は、会社の方針が自分の考えと異なる場合、自分のやり方を通すのは当然であるという趣旨の発言をした。Eらは、原告に対し、被告には被告の方針があるが、それを無視してまでも自分のやり方を貫き通すつもりかと質問し、原告は『当たり前じゃないですか』と述べた。このような原告の言動に対し、被告従業員が強い口調で叱責し、原告は『すみません』と述べて謝罪した。これをもって三次会は終了し、原告は宿泊していたホテルに戻った。」

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、内定取消を有効であるとし、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「①DやEを呼び捨てにしたこと(二次会)、②被告への入社理由について、ついでに受けただけである、たまたま採用までのスピードが早かったため、入社することにした旨の発言をしたこと(二次会。前記のとおり、同旨の発言を本件会食前にもしている。)、③Dに対して、『やくざ』、『反社会的な人間に見えるな』と述べたこと(二次会から三次会への移動中)については、いずれも、被告従業員(上司や先輩に当たる。)に対して礼を失する行為であり、特に上記③の『やくざ』、『反社会的な人間』との表現は侮辱的なものであって、同僚に対してする発言として著しく不穏当で不適切であるというべきである。原告がかかる発言をしたことは、それが飲酒の上でなされたものだとしても、従業員同士の協調に反し、職場の秩序を乱す悪質な言動であるということができる。」

「また、①原告が、『自分が10億円の買い物をしたいと言った場合、許可してくれますよね』などと述べ、Eが社内のルール等を守ることが重要であると説明したことに対して、『10億じゃなくても1億ならOKですかね』、『とにかく自分はでかいことをやるということしか考えていないんです』などと述べたこと(二次会)、②上記発言を問題視したEらが社内のルールを守ることの必要性等を説明したのに対し、原告が、会社の方針が自分の考えと異なる場合、自分のやり方を通すのは当然であるという趣旨の発言をし、Eらが被告の方針を無視してまでも自分のやり方を貫き通すつもりかと質問したことに対しても『当たり前じゃないですか』と述べたこと(三次会)は、いずれも、原告において、被告の会社としての方針に従わない旨の態度を表明するものである。そして、前記のとおり、被告従業員のEらが、かかる言動をたしなめるような発言をしていたにもかかわらず、原告が態度を改めることなく、上記のような発言を繰り返したことを踏まえると、それが飲酒の上での出来事であったとしても、原告の言動は、会社の方針(社内ルール、コンプライアンスを含む。)を遵守して業務を行うという、被告従業員に求められる基本的な姿勢を欠くものであったということができる。」

「そして、社内ルールやコンプライアンスを遵守する姿勢は、被告の従業員である以上、当然に必要な資質であるといえることに加え、本件支店は18名で構成される小規模な事業所であり、業務の正常な遂行のために従業員同士の協調性が求められること、特に営業職においては、社内外と円滑なコミュニケーションを図る協調性が重要かつ最低限必要な能力として求められる上、取引先との関係性を円滑にするために月に数回の会食の場に参加することがあることから、会食の場での社会人としての最低限のコミュニケーション能力、礼節が求められること、被告においては、上記資質等を原告が備えているものとの判断の下、本件採用内定をしたことがそれぞれ認められ(・・・なお、原告もかかる資質が必要なことについて一般論としては認めている。)、これらからすると、原告の前記言動は、これらの基本的な資質を原告が欠いていたことを示すものであって、かつ、被告はかかる資質の欠如を本件採用内定時には知り得なかったといえるから、これらの理由に基づいて本件採用内定を取り消すことは、原告がB支店長及びDに対して架電して謝罪したことを踏まえても、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるというべきである。

(中略)

以上のとおりであるから、本件内定取消しは有効であり、原告の主位的請求はいずれも理由がない。

3.飲酒下の言動であることは対して影響しない

 言動と飲酒との関係について、裁判所は、

原告が、飲酒の影響で気が大きくなり、本件内定取消しの理由となった言動に及んだこと自体は否定できない。しかしながら、原告が採用内定を受けた営業職においては、会食の場においてもコミュニケーション能力や礼節が求められることは前記のとおりであるところ、飲み会の場において前記のような言動に及んだこと自体問題というべきであるし、すでに認定説示したとおり、これらが飲酒下での言動であったことをもって前記判断は左右されない(なお、原告の酒量を客観的に明らかにする証拠はないものの、証人B、証人D、証人Eはいずれも原告が会話できる状態にあり、一見して酩酊している状態ではなかった旨供述する上、原告は二次会の会場から三次会の会場まで歩いて移動していることにも照らせば、原告が酩酊状態にあったとか、泥酔していたと認めることはできない。)。」

と判示しています。

 要するに、礼節が弁えられなくなるほど飲むこと自体が問題であるのだから関係ないという意味です。

 法律相談を受けていると、法が飲酒下の行為に甘いような印象を持っている方を目にすることがあります。しかし、私の感覚では、それは全くの誤解であり、裁判所は酔って行われる不祥事にかなりドライです。大昔の裁判例は別として、酔余の上でのことだから甘く見てもらえたという実例は、民事でも刑事でも、殆ど目にしたことがありません。

 本件のような裁判例もあるため、当たり前のことではありますが、内定が出たからといって気を抜かないこと、歓迎会だからといって羽目を外し過ぎないこと、抑制が利かなくなるほど飲まないことには十分に意識しておく必要があります。