弁護士 師子角允彬のブログ

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アカデミックハラスメント-大学院生が教授のセクハラの責任を追及するにあたり迎合的言動が妨げにならなかった例

1.セクシュアルハラスメント(セクハラ)と迎合的言動

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 この判決が言い渡されて以来、加害者の責任追及にあたり、被害者の迎合的言動をそれほど問題視しない裁判例が多数出現しています。

 また、この経験則は、職場以外の場面にも、徐々に適用領域を広げており、コンビニ店員と客の関係、大学准教授と学生の関係にも適用例がみられます。

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 この経験則がどこまで拡張されるのかに関して注視していたところ、近時公刊された判例集に、大学教授と大学院生との関係での適用例が現れました。宮崎地判令3.10.13労働判例ジャーナル120-40 学校法人順正学園事件です。

2.学校法人順正学園事件

 本件で被告になったのは、宮城県内に大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告学園)と、本件大学の薬学部教授(被告q2 昭和36年生まれ・男性)です。

 原告になったのは、昭和55年生まれの女性で、平成28年4月に本件大学の大学院に入学し、平成29年4月に本件大学の助手として採用された方です。平成28年9月から平成29年3月にかけて指導教授であった被告q2から身体に触れる・隣に座らせる・抱き着いてキスをするなどのセクハラ行為を受けたこと等を理由として、被告q2と被告学園に損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 この事件で、原告の方は、次のような迎合的言動をとっていました。

(裁判所が認定した事実)

「原告は、平成28年9月24日、被告q2の誘いを受け、夫とともに、飲み会〔1〕に参加した。被告q2は、酒に酔って気分が高揚し、原告の夫も同乗するタクシー車内において、隣に座った原告の手や足を触る行為をした・・・。原告は不快に感じたが、機嫌を損ねて指導に影響が及ぶことを心配し、注意等をしなかった・・・。

「原告は、平成29年1月19日深夜、自ら連絡して、被告q2がいるスナックに赴き(飲み会〔3〕)、研究テーマに関連する実験について相談した・・・。途中、原告が夫婦の問題を話題にしたことから、被告q2は、自分と同様、原告も好意を持っていると思い込み、退店後、原告の同意を得ることなく、原告に抱き付いてキスをした。そして、原告の手を取って、タクシーの待機場所まで移動し、再度、原告に抱き付いてキスをした。被告q2は、その際、原告の口腔内に舌を入れようとしたが、原告から『ディープキスは駄目ですよ。』と拒絶された・・・。原告は、気持ちが悪いと思ったが、不快な感情を悟られて、今後の指導に支障が生じることを不安に感じ、釘を刺すつもりもあって、帰宅後、被告q2に対し、『先生!もう!!内緒がいっぱいですよ。でも先生の元で学生になれてよかったなって心から思います。今夜はありがとうございました…』とメールを送信した・・・。

「被告q2は、飲み会〔3〕の出来事から、原告に好意を持たれていると思っていたことから・・・、同月27日深夜、スナックに原告を誘った(飲み会〔4〕)。原告は、誘いを断るわけにはいかず、スナックに赴いた・・・。被告q2は、原告が誘いに応じたことから、自分と同様、原告も異性として好意を持っていると理解し・・・、退店後、原告の同意を得ることなく、原告に抱き付いてキスをした。原告は困惑し、『駄目です。先生の奥さんも存じ上げているし、先生も私の主人を知っているから、こういうことはやめてください。』と注意をした・・・。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告q2の不法行為責任を認め、過失相殺も否定しました。

(裁判所の判断)

-不法行為の成否について-

「被告q2の一連の言動(ハラスメント)は、異性に対し、故意に身体に直接的に接触する態様であり、抱き付いてキスをするという強制わいせつ行為とも評価し得る違法性の程度が強いものを含んでいる。被告q2は、平成28年9月以降、飲み会があるたび、原告の同意を得ることなく、その心情や状況に配慮せずに、このような直接的な身体接触行為を繰り返し、平成29年1月以降は、原告も自分に好意を寄せていると一方的に思い込んで、性的な言動をエスカレートさせた。他方、原告は、被告q2の言動に不快な感情を抱いたものの、指導教授である被告q2の機嫌を損なうと不利益な扱いを受け、大学院生としての研究活動が続けられなくなると不安を感じていた。しかも、大学院入学のために尽力してくれた被告q2に恩義や後ろめたい感情を抱いていた上、当時は、他の大学院生よりも大幅に出遅れてしまったと焦燥感を持っていた。そのため、被告q2の行き過ぎた言動に対して毅然とした態度を取ることができず、今後の処遇を慮って、被告q2の機嫌を伺う態度を取らざるを得なかったものである。

「以上によれば、被告q2の原告に対する一連の言動は、社会通念上、許容される限度を超えて、原告の性的自由、名誉権及び人格権を違法に侵害するものと認められるのであり、原告に対する不法行為を構成する。」

被告らは、被告q2の性的な言動について、原告の同意があったから権利侵害の要件を欠くとか、原告の同意があったと誤信してもやむを得ないから過失の要件を欠くなどと主張する。しかし、前記認定説示したところによれば、いずれも採用することができない。

-過失相殺の可否について-

「被告らは、原告のメールその他の態度に照らせば、原告の過失を認めて過失相殺をすべきであると主張する。」

「しかし、原告が、被告q2に対し、毅然とした態度を取らず、今後の処遇を慮って、その機嫌を伺うような態度を取ったことは、原告の年齢や人生経験を考慮しても、職務上の地位や従前までの関係性を背景としたハラスメントの渦中にあった者の心情や態度として不合理なものではないし、やむを得なかったというべきである。この点を原告の過失とみて、被告q2の責任及び原告の損害を減ずることは相当でない。被告らの上記主張は採用することができない。

3.不法行為責任が認められ、過失相殺も否定された

 本件では不法行為責任が肯定され、120万円の慰謝料が認定されました。過失相殺の適用が否定されたため、原告の請求は、弁護士費用12万円と合わせた132万円の範囲で認容されています。

 本件のように、近時では、迎合的言動を、責任の存否の段階だけではなく過失相殺の可否の段階でも重視しない裁判例が増えています。被害者による責任追及は、旧来と比べれば、容易化する傾向にあります。

 迎合的言動は、必ずしも、法的措置の妨げにはなりません。大学内でのハラスメントで辛い思いを抱えている方は、迎合的言動をとってしまっていたとしても、あまり気にすることなく弁護士のもとに相談に行ってみると良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でご相談をお受けすることも可能です。