弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地方公務員である自動車運転士のコンビニ店員へのセクハラ(フリーランスへのセクハラ問題とも関連)

1.自動車運転士(地方公務員)のコンビニ店員へのセクハラ

 労働経済判例速報という雑誌の2019年4月20号に、コンビニエンスストア店員へのセクハラ行為を理由とする停職処分が適法とされた最高裁判例が掲載されていました(最三小判平30.11.6労経速2372-3A市事件)。

 この事案では、以前からコンビニで女性従業員に対して不適切な言動(一審では、「手を握る」「胸を触る」「『乳硬いのう』『乳小さいのう。』・・・といった発言をする」などの事実が認定されています)をいていた地方公務員(一般廃棄物の収集等の業務に従事していた自動車運転士)が、平成26年9月30日に「勤務時間中に立ち寄ったコンビニエンスストアにおいて、そこで働く女性従業員の手を握って店内を歩行し、当該従業員の手を自らの下半身に接触させようとする行動をとった。」ことを理由に市から停職6か月の処分を受けたところ、その処分が重すぎるのではないかが問題になりました。

 一審と控訴審は6か月の停職処分は重過ぎて違法だと判示しましたが、最高裁は、

「重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえ」ない

として原審の判断を変更し、処分の適法性を認めました。

2.被害者が明示的に拒否していなかったことをどうとらえるか

 最高裁が原審の判断を変更した理由は幾つかあります。その中の一つに、被害者が明示的に拒否していなかったことへの評価があります。

 原審は、

「以前からの顔見知りであるV(被害者 括弧内筆者)に対して、これまでのように飲み物を買い与える過程でした行為であり、Vは、被控訴人(問題の地方公務員 括弧内筆者)に左手首を引き寄せられ、その指先を股間に触れさせられる前までは、手や腕を絡められるなどの身体的接触につき、渋々ながらも同意していたと認められること」

を処分が重すぎるとする理由として指摘しました。

 しかし、最高裁は、

「被上告人(問題の地方公務員 括弧内筆者)と本件従業員はコンビニエンスストアの客と店員の関係にすぎないから、本件従業員が終始笑顔で行動し、被上告人による身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、それは客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり、身体的接触についての同意があったとして、これを被上告人に有利に評価することは相当でない。」

として、これを地方公務員に有利な事情として考慮することを否定しました。

3.フリーランスの方へのセクハラ事件への応用の可能性

 この最高裁判例は、公務員に対する懲戒処分の量定の限界を知る上で重要な意味を持っています。しかし、この判例の重要性は、それだけに留まりません。フリーランスの方へのセクハラ事件の解決を考える上でも重要だと考えられます。

4.明示的に拒めないのは、上司部下・同僚の関係にある場合に限られない

 会社などの組織内で行われるセクハラでは、被害者が明示的に拒めないことは別段珍しくありません。そのため、被害にあった時に明示的に拒んでいなかったとしても、会社に懲戒処分を求めたり、加害者に損害賠償を請求したりする事件として成立する余地は十分に残されています。

 従業員間でのセクハラ行為が問題になった事件においては、最高裁からも、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくない」

との判断が示されています(最一小判平27.2.26労判1109-5 L館事件)。

 しかし、同じ組織内で働いているわけではない人の間でも、似たような経験則があてはまるのかは、問題として残されたままになっていました。

 本件は、セクハラを明示的に拒めないのは、同じ職場の上司部下・同僚の間柄にある場合だけではなく、客と店との関係においても同じだという判断を示したところに大きな意義があるように思われます。

5.これまでフリーランスの方へのセクハラ問題は解決しにくい問題とされていた

 平成30年3月30日、厚生労働省から「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書が公開されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000200751.html

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11911500-Koyoukankyoukintoukyoku-Zaitakuroudouka/0000201101.pdf

 この報告書に添付されている「JILPIT『独立自営業者の就業実態と意識に関する調査(ウェブ調査)」(速報)概要」によると、1年間で独立自営業者の2.1%がセクハラ・パワハラ等の嫌がらせを受けたと回答しています。

 割合自体はそれほど多くはありませんが、経験のあったトラブルについて解決したかどうかを見ると、セクハラ・パワハラに関しては、24.1%の方しか「全て解決した」に回答していません。報酬の不払いの問題で「全て解決した」と回答している方が70.4%に上ることを考えると、フリーランスの方へのセクハラ等の問題は、それほど起こりにくい反面、一旦発生してしまうと、解決の困難な紛争類型であることが看て取れます。

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11911500-Koyoukankyoukintoukyoku-Zaitakuroudouka/0000201102.pdf

6.問題の解決に向けて

 事業主は、職場における性的な言動に対しては、適切に対応するために必要な体制の整備その他雇用管理上必要な措置をとることとされています(男女雇用機会均等法11条)。これに基づいて、上司部下・同僚間のセクハラに関しては、解決までのプロセスが、ある程度は整えられています。

 しかし、従業員が部下でも同僚でもない独立自営業者であるフリーランスの方に対してセクハラに及んだ場合の紛争解決の枠組に関して言うと、整備された枠組みを持つ企業は、まだそれほど多くはないのではないかと思います。

 「解決」をどこに置くかの問題もありますが、今回ご紹介した最高裁の判例は、取引先からのセクハラを明示的に拒否できずに泣き寝入りを強いられていた人達が、事後的に加害者に責任を追及する可能性を切り開くものだと思われます。