弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

多少迎合してしまっていたとしても、セクハラを事件化することは可能(対管理職、対顧客、対教授)

1.明示的な拒否がないことに関する経験則

 セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」といいます)を理由に加害者の責任を追及する時、加害者側から、

「同意していた。嫌がっていなかった。」

という反論がなされることがあります。

 しかし、セクハラの被害者が、面倒事を避けるために加害者に迎合し、嫌がっていなかったかのような痕跡(メール等)を残してしまうことはないわけではありません。

 管理職との関係で、そうした経験則があることを判示した判例として、最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件があります。

 この判例は管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 その後、類似の経験則が管理職だけではなく、対顧客との関係でも成立することを示す判例が出されました。これが最三小判平30.11.6労働経済判例速報2372-3A市事件です。

 この事件で最高裁は、

「被上告人と本件従業員はコンビニエンスストアの客と店員の関係にすぎないから、本件従業員が終始笑顔で行動し、被上告人による身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、それは、客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地があり、身体的接触についての同意があったとして、これを被上告人に有利に評価することは相当でない。」

と判示しました。

 対管理職、対顧客との関係でのセクハラで、上記のような経験則が当てはまるとして、それがどこまで拡張されるのかには関心を持っていました。

 このような問題意識のもとで近時公刊された判例集に目を通していたところ、対(准)教授との関係でも類似の経験則が当てはまることを判示した裁判例を見つけました。東京地判令元.5.29労働判例ジャーナル92-42学校法人工学院大学事件です。

2.学校法人工学院大学事件

(1)事案の概要

 本件は女子学生に性的な嫌悪感を抱かせるハラスメントをしたとして懲戒(減給)処分を受けた准教授(原告)が、懲戒処分の無効確認を求めて勤務先学校法人(被告)を提訴した事件です。

 問題となったハラスメント行為は多数に及びますが、その中の一つに、女子学生Bを食事に誘ったことが挙げられています。

 具体的には以下のような行為です。

「原告は、Bをαでの食事に誘い、Bが、以前原告の運転する自動車で帰宅した際に車酔いしたことを理由に、八王子キャンパスの近くでの食事はどうかと提案したにもかかわらず、車酔い対策のためにB専用のブランケット等を準備したなどとしてなおもαでの食事の誘いを継続したほか、αでの食事会において『別室を確保します』と原告とBが同一宿泊場所に宿泊することを前提とするメールを送り、さらに、Bの母親に対して弁明の手紙を送るなどした(以下、かかるαでの食事の誘いをめぐる原告の一連の行為を『本件行為〔4〕』という。)。」

 この時、女子学生Bは

「教員と学生という関係上、原告の申出を無碍に断ることはできないと考え、前回、車酔いをしたことを理由として、他の知人も誘える八王子キャンパス近傍での飲食を希望して、『15日の夜は予定は空いているんですが、また車酔いして迷惑をかけるのではないかという心配があるので、できれば八王子キャンパスかその近くでご飯を食べれたら嬉しいです。』というメール」

を送りました。

 「本件行為〔4〕」がセクハラないしアカデミック・ハラスメント(以下「アカハラ」といいます)に該当するかを判断するにあたり、上述のようなメールが送信されていることを、どのように評価するべきかが争点の一つになりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、Bが食事の誘いに不快感を抱いていなかったとする原告の主張を排斥し、「本件行為〔4〕」はハラスメントに該当すると判示しました。

「原告は、Bが、本件会食の誘いを快諾しており、不快感を抱いておらず、また、仮にBが一時的に原告の誘いを不快に思ったことがあったとしても、原告の目的を知れば、それが解消されるようなものであったものであり、『相手方を不快にさせる性的言動』としてセクハラに該当するとはいえないなどと主張する。しかしながら、Bが、原告からの誘いに対し思い悩んでCに相談を持ち掛けるなどしていることは前記認定事実(3)キのとおりであって、その他、原告指摘の点を踏まえても、Bが不快感を抱いたという判断は何ら揺らがない。Bが思い悩みつつ原告に応諾を報せたり、店の決定について謝意を示すメールを送信することがあったとしても(乙7)、前判示のとおりの学生と教員の立場の違いやそれらの関係性に照らすと、教員からの申出を嫌々ながらに応諾せざるを得なかったり、当たり障りのない形で婉曲に断ることも往々にしてあり得るところであるから、単にメールの文言のみで真に自由な意思で応諾していたと認められるものでもなく、むしろ、その経緯を子細にみれば、Bが原告と2人での食事について前向きな感情を抱いていなかったことは明らかというべきである。Bが一時的に原告の誘いを不快に思ったとしても、原告の目的を知ればそれが解消されるようなものであればセクハラに当たらないなどとする点も、そのように解すべき根拠はない。したがって、これらの主張によっても前記判断が左右されるものではない。」

(中略)

「以上の認定に係る原告の行為は、本件防止規程所定のセクハラに該当するものと認められる。」

3.セクハラを問題にするにあたっては、多少の迎合は跳ね返せる

 学校法人工学院事件は、対管理職、対顧客との関係において認められていた経験則を、対(准)教授の場合にも拡張した裁判例として位置づけられます。

 これらの判例・裁判例は、いずれも懲戒処分の効力を争う中で示されたものです。

 しかし、ここで示されている経験則は、被害者が加害者(ないしその使用者)に対して損害賠償を請求する局面においても、等しく当てはまるものだろうと思われます。

 セクハラ被害を受けた人の中には、迎合するようなメールを送ってしまっていることから、加害者への責任(損害賠償責任等)の追及を諦めてしまっている方も少なくないと思います。

 しかし、上述のような判例、裁判例の流れからも伺えるとおり、裁判所のセクハラの被害者に対する理解は年々深まりを見せるようになっています。

 被害を受けて悔しい、加害者の法的な責任を追及したい、そうした思いをお抱えの方は、弁護士のもとに相談に行ってみるとよいと思います。迎合の痕跡を残してしまっていたとしても、他の事情からそれが自由な意思に基づいていないことを立証できる場合、責任追及の可能性は十分に残されているのではないかと思います。