弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の有効性-反省の情は決定的要素になるのか?

1.性的不祥事と解雇

 セクハラ行為を理由とする懲戒解雇の効力が問題になった代表的な裁判例に、東京地判平21.4.24労働判例987-48Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件があります。

 この事案では、胸の大きさを話題にするなど日頃から性的な言動を繰り返していたほか、宴席等で女性従業員の手を握ったり、肩を抱く等の行為に及んだことを理由とする懲戒解雇の効力が問題になりました。

 裁判所は、原告労働者が会社に対して相応の貢献をしてきたことや、反省の情を示していることなどを指摘したうえ、

「これまで原告に対して何らの指導や処分をせず、労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは、やはり重きに失するものと言わざるを得ない」

と述べ、懲戒解雇の効力を否定しました。

 相応に悪質な事案でありながら懲戒解雇が無効とされたことに対しては、反省の情を示していたことや、注意・処分歴がなかったことが効いたのではないかという分析があります。

 しかし、反省の情は懲戒解雇の効力を判断するうえで、決定的な要素となり得るのでしょうか?

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 反省の情が「その他の事情」として処分の量定判断に影響する事情であることは否定できませんが、「行為の性質及び態様」と並ぶほどの重みはあるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地立川支判令2.7.16労働判例ジャーナル106-48PwCあらた有限責任監査法人事件です。

2.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力が問題になった事件です。

 被告の就業規則上、諭旨免職処分は、次のとおり定義されていました。

「説諭し退職届を提出させる。ただし、退職に応じない場合には懲戒解雇とすることができる。また、この場合には、被懲戒者に対して、退職金の全部または一部を支給しないことができる。」

 原告の方は、同じ職場で働く女性にしてストーカー行為を行ったとして、被告から諭旨免職処分を受けました。

 具体的なストーカー行為の内容としては、

「原告は、被害女性に興味を抱き、平成29年9月頃から同年11月までの間、複数回にわたり、被害女性の帰宅時に、被告の事務所が入居しているビルの外から最寄り駅のホームまで後をつけ、同じ電車に乗り込み追跡するといった行為(以下「本件ストーカー行為」という。)に及んだ。」

という事実が認定されています。

 懲戒処分に処するかどうかを判断するにあたり、被告は、賞罰委員会を設置して、原告に弁明の機会を付与しました。

 その際、原告は、

「反省している旨を述べる一方で、被害女性は、入院したり、PTSDになったりはしておらず、普通に出勤しているのであるから、問題はないのではないかなどといった発言」

をしました。

 こうした発言を受け、賞罰委員会は、原告に反省の態度が感じられないことなどを理由に、諭旨免職処分が相当との結論を出しました。

 本件では、この諭旨免職処分の社会的相当性が、検討の対象になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、諭旨免職処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

原告は、被告から事情聴取を受けた際に、反省の弁を述べる一方で、被害女性が、入院したり、PTSDになったりはしておらず、普通に出勤しているのであるから問題はないのではないかなどといった被害女性への配慮を欠く発言をしていることからすると、原告が、本件ストーカー行為が被害女性に与えた精神的苦痛を十分に理解し、本件ストーカー行為を行ったことについて真に反省していたかは疑わしく、被告において、原告には本件ストーカー行為を行ったことについて反省の態度が感じられないと判断したこと自体に問題があったとはいえない。

しかしながら、原告には、本件警告を受けた後も被害女性に対するストーカー行為を継続していたといった事情や、他の女性職員に対してストーカー行為に及ぶ具体的危険性があったといった事情までは認められない。また、原告には、本件ストーカー行為が発覚するまでに懲戒処分歴はなく、管理職の地位にある者でもない。これらの事情を総合考慮すると、原告が本件ストーカー行為を行ったことについて真に反省していたかが疑わしい点を勘案したとしても、労働者たる地位の喪失につながる本件諭旨免職処分は、重きに失するものであったといわざるを得ない。そうすると、本件諭旨免職処分は、社会通念上相当であるとは認められない場合に当たる。

「以上によれば、本件諭旨免職処分は、労働契約法15条により、その権利を濫用したものとして無効である。」

3.懲戒権の行使は感情論では決まらない

 性的な不祥事は、嫌悪感の対象になりやすい傾向があります。特に、加害者側が被害者側に責任を転嫁したり、居直ったりする発言をした場合、処分は苛烈なものになりがちです。

 しかし、反省の情は飽くまでも一般情状であるにすぎず、

「行為の性質及び態様」

と並ぶほどの重みは持ちえないのではないかと思われます。

 実際、本件では、非違行為の内容や、懲戒処分歴がないことなどが指摘されたうえ、諭旨免職処分の効力が否定されました。

 懲戒処分の効力を判断するにあたっては、見かけ上の反省の態度や言葉よりも、やっていることそれ自体の性質や態様、注意・警告・指導等事前に行為を改める機会が付与されていたのかといったことの方が重要なのだろうと思われます。