弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働審判を申立てる時の留意点-期日出頭するための有給休暇は確保されているか?

1.公民権行使の保障と裁判(審判)期日への出頭の関係

 労働基準法7条本文は、

「使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。」

と規定しています。

 この「公民としての権利」に、裁判(審判)期日に出頭することが含まれるのでしょうか?

 この問題について、行政解釈は、

「公民といて有する公務に参与する権利とは解されないので、一般的には、訴権の行使は公民権の行使には含まれない」

との理解を示しています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕103頁)。

 この見解に従えば、裁判(審判)期日に出頭する必要がある場合でも、使用者は労働者を休ませなければならないことにはなりません。

2.在職中の労働者が労働審判をする場合の困った問題

 訴訟の場合、当事者の方は、弁護士を代理人に選任すれば、原則として、自ら裁判所に出頭する必要はありません。そのため、勤務先が裁判に出頭するための休みを認めてくれなかったとしても、大した問題にはなりません。

 しかし、勤務先を相手に労働審判を申立てるという局面では困ったことが起きます。

 労働審判委員会は、第1回目の期日から、当事者の方に対し、積極的に発問して心証形成を行います。そのため、代理人弁護士は必ず当事者を帯同します。

 例えば、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕432頁には、

「いうまでもなく、第1回期日においては、労働者本人や使用者側の担当者など、問題となっている事案を直接経験し、その場で労働審判委員会からの発問に答えることができる者が期日に出頭することが重要である。上記第1回期日中心主義というべき運用により、同行しないことによる主張立証上の不利益もあるから、代理人は、必ずこれらの者を第1回期日に同項すべきである。」

と書いてありますし、

白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕588頁にも

「労働審判手続を担当する代理人(労働者側、使用者側を問わない)としては、事案解明を行う第1回期日に、申立人本人や事案をよく知る関係者を同行することは必須である。」

と書かれています。

 困ったことというのは、有給休暇の残っていない在職中の労働者が労働審判を申し立てたときに、休暇の取得を認めず、労働審判への出頭を阻止しようとする使用者がいることです。期日への出頭が公民権行使の範疇に含まれないため、強引に休むと無断欠勤として問題にされる危険があります。

 私自身、労働審判期日に出頭するため休みたいという労働者の申出に対し、勤務先がこれを承認しなかったというケースを経験したことがあります。幸いにして、裁判所を通じて勤務先に働きかけをしてもらったところ、休暇の取得が許可されましたが、こうした経験をして以来、在職中の労働者を代理して勤務先に労働審判を申立てるにあたっては、有給休暇の残日数を確認するようにしています。

 しかし、裁判を受ける権利の保障という観点から、公民権行使に裁判期日への出頭が含まれないという通説的理解自体に疑問を呈する見解もあって良いのではないかと思います。

 そうした観点から、この問題が司法判断の対象になった場合、裁判所はどのような判断をするのだろうかということが気になっていたところ、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されているのを見付けました。昨日もご紹介した、東京地立川支判令2.7.16労働判例ジャーナル106-48PwCあらた有限責任監査法人事件です。

3.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力等が問題になった事件です。しかし、それ以外にも多数の争点が生じており、その中の一つに、被告勤務先が原告労働者に対し、裁判期日への出頭に有給休暇を充てるよう指示したこと等の適否がありました。

 こうした被告勤務先の措置に対し、原告は、

「平成30年10月26日、13時45分から14時45分まで昼休みを取り、その時間を利用して本件訴訟の期日に出席したが、同年11月、被告から、当該期日への出席分を有給休暇に振り替えるよう指示を受けるとともに、今後、裁判期日に出頭する際は有給休暇を取得するように指示を受けた。しかし、原告は、平成28年1月に復職して以降、q8パートナー(以下『q8 P』という。)及びq4 SMから、業務の状況に応じて自由な時間に昼休みを取ってよいとの業務指示を受けていた。労働基準法34条では、昼休みの時間を自由に利用することは労働者の権利であるから、被告の上記指示は同条に違反する。」

などと主張し、取得させられた有給休暇の賃金相当額の損害賠償請求を行いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めない判断をしました。

(裁判所の判断)

「被告の就業規則では、休憩時間は11時45分から12時45分までとされ、業務の都合により、休憩時間を変更することがあると定められており、原告と被告の間の雇用契約においても、同様の定めがある。これによると、被告は、原告に対し、業務上の都合により休憩時間を変更することは許容していると解することができるが、業務上の都合とは関係なく、自らの私事に合わせて自由に休憩時間を変更することまで許容していると解することはできない。そうすると、原告において、私事である裁判期日に出席する時間に合わせて休憩時間を変更することが許容されていたと認めることはできず、裁判期日に出席する際には年次有給休暇を取得するようにとの被告の指示に違法性は認められない。

「したがって、原告の裁判期日に出席するための有給休暇取得に係る損害賠償請求には理由がない。」

4.勤務先との裁判は純然たる私事か?

 本件は公民権行使の保障(労働基準法7条)と労働審判期日への出頭の問題を判示したものではありません。

 しかし、裁判を「私事」として理解し、出頭に有給休暇を充てるように指示しても違法ではないと判示していることからすると、裁判期日への出頭のため休むことに権利性があるという見解には立っていないように思われます。

 そう考えると、在職中の労働者が労働審判を申立てるにあたっては、やはり有給休暇の残日数は意識しておいた方が良いように思われます。