弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

手続要件を満たせない場合でも、退職日までの出勤日(労働日)を有給休暇で埋められるか?

1.退職日までの出勤日(労働日)を有給休暇で埋める方法

 退職妨害が懸念される会社を辞めるにあたっては、退職の意思表示を行うと同時に、退職予定日までの出勤日(労働日)を有給休暇で埋めてしまうという方法をとることがあります。

 労働者から有給休暇の付与を請求されても、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合、使用者には有給休暇の時季を変更することが認められています(労働基準法39条5項参照)。しかし、当該労働者の退職日を超えて時期変更権を行使することは認められていません(昭49.1.11基収5554号参照)。そのため、退職予定日までの出勤日を全て有給休暇で埋めてしまうと、事業の正常な運営を妨げることになったとしても、使用者において時季変更権を行使することができないため、労働者は請求通りに有給を取得することができます。

退職までの出勤日を有給休暇で埋める法的根拠 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、この手法は、会社が定める有給休暇の手続要件を満たせない場合でも、使うことができるのでしょうか?

 長期間に渡り有給休暇を取得するにあたっては、〇日前に申請を要するといったように、就業規則で手続的な要件が定められていることが少なくありません。退職予定日との関係で、こうした要件を遵守できない場合でも、退職日までの出勤日を全て有給休暇で埋めてしまうという手法は、認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.6.30 労働判例ジャーナル116-40 三誠産業事件です。

2.三誠産業事件

 本件で被告になったのは、アルミサッシ及び鋼製建具類の加工、取り付け、販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、正規雇用、定年後再雇用を経て退職した被告の元従業員です。

 本件では時間外勤務手当等ほか複数の請求が掲げられており、その中の一つに、有給休暇中の賃金が支払われていないことが挙げられます。

 平成30年9月15日、原告は、同月16日~退職予定日(同年11月16日)の出勤日に有給を取得することを通知しました。

 しかし、被告の就業規則には、

「第64条(年次有給休暇)
〔3〕社員は、年次有給休暇を取得しようとするときは、取得しようとする日の少なくとも1週間前までに、取得する日を指定して届け出なければならない。ただし会社は,事業の正常な運営に支障があるときは社員の指定した日を変更することがある。」

・・・

〔5〕第3項の規定にかかわらず、2週間以上の長期継続の年次有給休暇を申請する場合、指定する最初の休暇日より2週間前までに届け出て、その休暇取得に関し,使用者と事前の調整をしなければならない。

との規則が定められていました。

 就業規則で定められている予告期間が遵守されていないことを指摘し、被告は原告を欠勤扱いにしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、有給休暇の取得を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件有休申請により、平成30年9月26日から退職日である同年11月16日(同日は0.5日)までの間の年休を取得した旨主張する。」

「この点、労働者の年休の権利は、労基法39条1、2項の要件の充足により、法律上当然に労働者に生じるものであり、労働者がその有する年休の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、客観的に同条5項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、上記指定によって、年休が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものと解するのが相当である(最高裁判所昭和41年(オ)第848号同48年3月2日第二小法廷判決・民集27巻2号191頁、同昭和41年(オ)第1420号同48年3月2日第二小法廷判決・民集27巻2号210頁参照)。」

「前記前提事実によれば、原告は、本件有休申請をした平成30年9月25日の時点で、37.5日分の年休を有していたところ、同日、本件有休申請によって、その有する年休の日数の範囲内で、始期を同月26日、終期を同年11月15日と特定して休暇の時季指定をしたものと認められる。」

被告は、原告による本件有休申請は、2週間以上の長期かつ連続した年休の申請であるところ、そのような年休を取得する場合には、被告の就業規則中の規定によれば、『指定する最初の休暇日より2週間前までに届出て、その休暇取得に関し使用者と事前の調整をしなければならない』にもかかわらず、原告は、当該手続を経ていないから、年休の取得は認められない旨主張する。

しかし、被告の上記規定は、被告に時季変更権を行使するか否かを検討するために要する期間を確保するために設けられた規定であると解されるところ、本件においては、前記認定事実のとおり、原告の担当業務は、平成30年9月21日以降、C及びDに割り振られ、両人によって処理されていることが認められ、原告が本件有休申請により年休の時季指定をしたことによって、被告の事業の正常な運営が妨げられたとの事実は認められない。また、被告が、原告による年休の時季指定に対して、時季変更権を行使した事実は認められない。そうすると、本件では、原告の時季指定によって、年休が成立したものと認めるのが相当であり、被告の主張は採用することができない。

(中略)

「以上によれば、本件においては、使用者である被告が適法な時季変更権を行使したとは認められないから、原告は、平成30年9月26日から同年11月15日までの37日間につき、年休を取得し、当該期間内の所定労働日については、就労義務はなかったものと認められる。」

3.必ずしも手続要件を遵守する必要はない

 上述のとおり、裁判所は、手続要件が遵守されない場合であっても、有給休暇が有効に取得されたことを認めました。

 有給休暇に事前申請のルールが採用されている会社に退職の意思表示をして手続要件の欠如を指摘された場合、労働者側としては、本件のような裁判例を活用して対抗して行くことが考えられます。