弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神疾患での休職からの復職要件-休職までの間に軽易業務が挟まっている場合の「従前の職務」

1.復職要件

 休職した労働者が復職するためには、求償満了時までに「治癒」したことが必要です。ここで問題になる「治癒」とは、従前の職務を通常の程度に行うことができる(労働契約上の債務の本旨に従って労務提供することができる)健康状態に復したことを意味します(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕247頁参照)。

 しかし、休職の原因になった傷病がメンタルヘルス不調である場合、「従前の職務」の理解について、難しい問題が生じます。メンタルヘルス不調では、徐々に稼働能力が落ちて行く例が多いからです。稼働能力の低下に応じ、当初よりも軽易な業務に従事した後で休職した場合、復職要件としての「従前の職務」はどのように理解されるのでしょうか? 休職前の軽易業務でしょうか? それとも、軽易業務以前に行っていた当所業務でしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.8.27労働判例ジャーナル106-44 日本漁船保険組合事件です。

2.日本漁船保険組合事件

 本件で被告になったのは、漁船保険事業等を行うことを目的とする漁船保険組合です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。平成28年7月上旬から統合失調症の影響で就労ができない状態になり、有給休暇等を消化した後、私傷病休職に入りました。

 その後、復職を申し出ましたが、休職前に業務が簡易化されていたため、「従前の職務」をどのように理解するのかが問題になりました。

 原告は、

「原告の様子が変化する前の平成27年当時、原告が中央会から指示されて実際に従事していた業務(電話対応、会議に関する業務、月報等の発送、研修関連業務など)のことである」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「原告は、精神的な障害のない総合職の正社員として雇用されたのであるから、原告の『従前の職務』とは、企画課において本来的に想定されていた業務、具体的には、漁船損害等補償法等の運用や制度改善等のための企画立案、監督官庁である水産庁や全国の漁船保険組合と中央会との間の連絡、協議、調整及び内部職員に対する研修等の業務について、適切な対人折衝を行いつつ、上司の指示に従いながら従事することである。」

「休職前に病気の影響により業務を簡易化させていた場合には、『従前の業務』とは、そのような簡易化させた業務ではなく、雇用契約において本来想定された業務をいう。」

と主張しました。

 このように主張が対立する中、裁判所は、次のとおり判示し、復職要件としては、原告の主張するような軽易な事務作業(本件事務作業)を通常の程度に行える健康状態になっていれば足りると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、企画課に配属された平成25年7月から約2年半の間、中央会の期待に沿うものではなかったものの、物静かな様子で本件事務作業を担っていたが、平成28年1月頃から、遅刻や欠勤が増え、反抗的で威圧的な様子に変化し、業務ミスも増え、同年7月以降は、就労することができない状態になったことが認められる。このような休職前の原告の勤務状況に鑑みると、本件において『休職事由が消滅したとき』とは、原告が平成25年7月から平成27年末までと同様の勤務を行うことができる状態に復すること、すなわち、原告が、本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合であると解するのが相当である。

「これに対し、被告は、本件において『休職事由が消滅したとき』とは、原告が、本件事務作業ではなく、総合職として本来求められる業務を行える健康状態に復した場合であると主張する。しかしながら、上記・・・の認定事実によれば、中央会は、総合職として新卒採用した原告に対し、期待していた水準の労務の提供を受けることができないと不満を感じながらも、平成27年末までの約2年半の間、能力不足を理由とする解雇や処分などを行うことなく、上司らの原告に対する評価に基づいて、本件事務作業を担当させていたことが認められる。その間、中央会において、原告の希望又は統合失調症を発症した原告に対する配慮に基づき、原告の業務を一時的に軽減して本件事務作業を担当させていたといった事情などは認めることができない。そうすると、中央会は、原告が本件事務作業を担当することについて、不本意ながらも本件雇用契約で定められた債務の本旨に従った履行の提供には該当すると判断した上で、原告による労務の提供を受け入れていたということができる。このような休職前の状況を踏まえると、休職事由が消滅したか否かを検討するに当たり、休職前に原告が実際に従事していた本件事務作業ではなく、被告において本件事務作業よりも高度なものと考えている総合職として本来求められる業務の提供ができなければ、債務の本旨に従った履行の提供には当たらないと解することは相当ではない。したがって、被告の上記主張は採用することができない。

3.長期間の勤務実績、軽易業務と精神疾患との無関係さが効いたのであろうが・・・

 東京地判平27.7.29労働判例1124-5 日本電気事件は、

「『休職の事由が消滅』とは、原告と被告の労働契約における債務の本旨に従った履行の提供がある場合をいい、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうと解される。」

と判示しました。

 2年半もの長期間に渡って軽易業務を担当させていたこと、精神疾患を発症した原告への配慮から軽易業務につかせたわけではなかったことが判断の背景にあることは押さえておく必要がありますが、本件は軽易業務を「従前の職務」に取り込むものであり、復職要件を今一歩緩和する可能性のある事案として位置付けられます。