弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

条件付での有休休暇取得の可否-他の休暇が認められない場合には有給休暇を取得すると主張できるのか?

1.年次有給休暇と法定外の有給休暇

 労働基準法39条は、一定期間、一定割合以上出勤した労働者に対し、年次有給休暇を取得する権利を付与しています。年次有給休暇は労働者の指定した時季に付与しなければならず、使用者には「事業の正常な運営を妨げる場合」にのみ、時季を変更することが認められているに留まります(労働基準法39条5項)。

 この労働基準法で定められた年次有給休暇とは別に、企業が福利厚生の一環として、任意に有給での休暇制度を設けていることがあります。こうした法定外有給休暇制度は、法律の枠外にあるため、どのような権利であるのかは、各企業の制度設計に委ねられています。

 有給休暇は法律に根拠のある強力な権利であるため、可能な場合には他の法定外の休暇を用い、ここぞという時のために温存しておきたいと考える労働者は少なくありません。

 それでは、

法定外休暇を取得する、

ただし、それが不可能な場合には、有給休暇を取得する、

といったように、順位付け、あるいは、条件付けして有給休暇の取得を主張することはできないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.12.15労働判例ジャーナル124-68 春江事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.春江事件

 本件で被告になったのは、廃棄物等の収集、処分、リサイクル等の業務を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、廃棄物の収集運案業務等に従事するとともに、被告の労働組合の執行委員長を務めていた方です。

 被告には労使協定として締結した「組合有給休暇」という仕組みがありました。

 これは「組合活動のために必要と認め、あらかじめ会社の承認を得た組合活動」等を目的とする休暇を有給とするもので、組合に年間50日間の有給休暇を付与するものでした。この組合有給休暇を利用に関しては、

「組合が組合有給休暇を取得する時は、その前日までに当該組合員の氏名及び休暇日数、又は時間数を会社に届け出る。」

「会社は、届け出のあった休暇について、業務に支障がない限り、これを許可する。」

という手続が定められていました。

 本件の原告は、組合有給休暇を取得して欠勤したところ、

多くの従業員が予定を調整して夏季休暇を取得する時季に、突然長期間の組合有給休暇の取得を届け出て、その取得理由について説明を求められたにもかかわらずこれに応じず、不誠実な対応に終始して正当な理由のない欠勤を続けるなどした

ことを理由に被告から普通解雇されてしまいました。これに対し、解雇の無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の特殊性の一つに、原告が年次有給休暇の取得への切替えを主張していたことがあります。

 具体的に言うと、被告から組合活動上の必要性を具体的に説明するように求められた際、原告は、以下のような内容の回答書を送付しました。

「組合有給休暇は年間50日認められるものであり、26日分を取得することは問題ない、原告は、組合有給休暇を本件協定書第1条1号の『組合の加盟団体に組合員を派遣し、又はその会議に出席する時』に該当するものとして取得を求めていることから、会社の承認を得る必要がない、理由を説明する必要があるとすれば、5月22日の団体交渉以降も業務が落ち着かず組合活動も十分に行うことができなかったことから、十分に組合活動を行うためにはそれなりに時間が必要である、これ以上詳細な理由は支配介入を認めることとなるため説明できない、組合活動のためであるといえない事情がない限りは原則として組合休暇の取得は認められるべきである、『仮に、それでも会社との話がつかないようでしたら、組合休暇の取得をとりあえず14日間にとどめ、それ以降は有給休暇の取得に切り替えることにしたいと思いますので、その場合には有給休暇に切り替えていただきますようお願い致します。』。

 本件では組合有給休暇の取得要件への該当性が否定されたため、これを有給休暇に切り替えることの可否が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、切替えを否定し、解雇を有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、同日付け回答書(先に引用した回答書 括弧内筆者)によって、組合有給休暇から年次有給休暇へと切り替え、年次有給休暇を適法に取得した旨主張することから、年次有給休暇の取得の可否について、以下検討する。」

「上記判示のとおり、年次有給休暇の時季指定権を行使するに当たっては、労働者は、使用者に対し、自ら有する休暇日数の範囲内で具体的に休暇の始期と終期を指定しなければならないところ、前記認定事実のとおり、原告は、上記回答書によって、仮に被告との間で話がつかない場合には、組合有給休暇の取得は14日間にとどめ、それ以降は年次有給休暇の取得へと切り替えたい旨通知しているが、原告自身、被告との間で話がつかない場合とはどのような場合を想定しているかについて供述からは明らかでない上・・・、被告との間で話がつかない場合について、本件においては、原告が主張するような被告から明示的に組合有給休暇が認められなかった場合以外にも、団体交渉によって交渉が決裂した場合なども考えられるのであるから、どのような状況になった場合を示すのかは一義的ではなく不明瞭というほかない。結局、原告が具体的な休暇の始期と終期を明らかにして時季指定権を行使したとは認められないから、上記回答書によって年次有給休暇の取得の効力が生じたということはできない。

「この点につき、年次有給休暇への切り替えについて、組合有給休暇として届け出た26日分のうち、最初の14日分の出勤予定日を組合有給休暇として維持し、それ以降の12日分について年次有給休暇として取得を申入れた旨の原告の主張を、同年7月30日から同年8月16日までの出勤予定日を組合有給休暇として届け出て、同月17日から同年9月1日までの出勤予定日を始期及び終期とした年次有給休暇を取得する旨請求したものと解した上で、被告との間で話がつかない場合という条件が成就して初めて時季指定権の法的効果が発生する趣旨と解するとしても、以下のとおり、原告が年次有給休暇を適法に取得できたということはできない。すなわち、同年8月9日付けの申入れが、将来的に会社との間で話がつかない場合を想定したものである以上、少なくとも同日時点では上記条件が成就していないことを前提として年次有給休暇への切り替えを申し入れているというべきことに加え、時季指定権は、原告による一方的な意思表示によって被告に対する法的効果を生じさせることが可能な形成権であり、これに条件を付すことを単に許容すると、条件成就の有無により法的効果の発生が左右されることになり、被告との間の法律関係が不安定なものとなってしまうだけでなく、条件成就が上記の始期以降となった場合に、原告が指定した始期から年次有給休暇の取得が可能となると、原告による一方的な時季指定権の行使によって、被告の意向に関係なく条件成就により遡って休暇取得という効力を生じさせ、時季指定権の行使に関し法律の定めがないにもかかわらず遡及効を認める結果となり、いわゆる年次有給休暇の事後請求において、会社が年次有給休暇の取得を許容しない限り、労働者が当然に年次有給休暇を取得することができないと解すべきこととの均衡を欠くものであるから、いずれにしても、原告が同日付け回答書により時季指定権を適法に行使したと評価することは相当でない。

「したがって、原告の主張は採用することができない。」

3.条件付での有休休暇取得は避けた方が無難

 上述のとおり、裁判所は、順位や条件を付けて有給休暇を取得することを否定しました。

 確かに、本件は、原告自身、どのような場合に有給休暇に切り替わるのかを十分に認識していなかったという事実関係を前提にする判断ではあります。

 しかし、それだけが理由になっているわけではないことを考えると、順位や条件を付けて有給休暇を取得するのは避けた方が良さそうです。使用者側の反発があまりに強いようであれば、無理を押すことなく、法定外有給休暇(組合有給休暇)の取得意思を撤回し、改めて有給休暇の取得を主張した方が無難だったかもしれません。

 本件の判断は、有給休暇の使い方を考えるにあたり参考になります。