弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人・アイドルに対する安全配慮義務

1.日本エンターテイナーライツ協会の声明

 「アイドルグループ『NGT48』の山口真帆さん(23)が卒業を発表したことを受け、弁護士らで構成される『芸能人の権利を守る 日本エンターテイナーライツ協会』が2019年4月25日、声明を発表した。」

とのネット記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190425-00000002-jct-ent

 当該声明を見てみると、

「山口真帆さんの活動の実態からすれば、両者の法律関係は雇用類似の契約と考えられます。実際に数多くの裁判例においても、『アイドルは労働者か否か』が争われたほんどの事例において、裁判所はアイドルを労働基準法や労働契約法上の労働者と認定しています。」

「そのため、芸能事務所は、アイドルに対して安全配慮義務を負うとともに、違法な退職強要は許されません。今回の一件においても、山口真帆さんに対して違法な退職強要は無かったのか、ご本人の納得の上での卒業(退職)だったのか、ファンや多くの方々が懸念するのももっともです。」

などと記載されています。

http://era-japan.org/archives/553

2.安全配慮義務が生じるのは、労働契約のある場合に限られない

 「アイドルは労働者か否か」が争われたほとんどの事例において、裁判所が労働者性を認定しているのかは、統計をとったことがないので私には良く分かりません。

 しかし、労働契約の存在は、安全配慮義務を導き出すための不可欠の要件というわけではありません。別に労働契約がなかったとしても(フリーランスであったとしても)、安全配慮義務の存在・遵守を求めることは可能ではないかと思います。

 例えば、東京地判昭60.10.15判例タイムズ571-41は、歌謡ショーにゲスト出演中セリに転落受傷したタレントが、ショーを運営したプロダクションやショーを企画構成したプロモーターらに損害賠償を請求した事案において、

「本件のような舞台におけるショー出演のための出演契約の中核をなすのは、出演者の『芸』の提供と出演に対する対価の支払いであることはもちろんであるが、そこで提供される『芸』は、代替性のある単なる労務の提供ではなく、まさに個性と経験を備えた当該芸能人その人の安全を離れて存在し得ないかけがえのないものであり、舞台上の演技には舞台装置あるいは観客との関係から種々の危険を伴うことがあることに鑑みれば、このような出演契約においては、興業主側が右のように出演(芸の提供)を中核とする時間を「買取る」反面において、興行主側は、その『芸』を担う出演者の生命、身体の安全に配慮すべきことが出演契約に附随する信義則上の義務として、契約の当然の内容になつているものと解すべきである。

と判示しています。

 裁判所はこの結論を導き出すにあたり、出演契約の労働契約への該当性を認定しているわけではありません。出演契約が労働契約に該当しようがしまいが、興行主が出演者の生命、身体の安全に配慮しなければならないことに変わりはないからだと思われます。

 また、大阪高判平24.6.8労判1061-71 DPNメディアテクノ関西事件は、業務委託契約を締結して写真製版業務に従事していた方が、過重労働による疲労の蓄積が原因で受傷・後遺障害が発生したと主張し、委託元に損害賠償を請求した事案について、

雇用等の典型的な労働契約関係があったとは直ちにいえないとしても、実質的な使用従属関係があったものと評価することができるから、被控訴人は、控訴人に対し、使用者と同様の安全配慮義務を負っていたものと解される」

と判示しています。

 安全配慮義務の存在を導くにあたり、「実質的な使用従属関係」を重視しており、それが労働契約に該当するのかは厳密に詰めていません。

 声明では安全配慮義務を導く根拠として労働者性を指摘していますが、労働者であろうがなかろうが安全配慮義務は認められ得るのであって、労働者性か否かが微妙な場合であったとしても、権利の救済を諦める必要はありません。

3.調査報告義務が認められるのも、労働契約のある場合に限られない

 また、組織内で何等かの不法行為が行われた可能性がある場合の被害者への調査報告義務も、必ずしも労働契約のある場合に限定されません。

 例えば、さいたま地判平20.7.18LLI/DB判例秘書搭載は、自殺した私立中学の男子生徒の両親が私立学校を訴えた事案において、

「学校は、在学契約に基づく付随的義務として、信義則上、親権者等に対し、生徒の自殺が学校生活に起因するのかどうかを解明可能な程度に適時に事実関係の調査をし、それを報告する義務を負うというべきである。」

と判示しています。

 別段、子どもも両親も学校に雇われている関係にはないわけですが、契約の内容から常識的にそうだろうという場面では、被害者側への調査報告義務を導くことは不可能ではありません。

 また、同じく学校でのいじめが問題になった札幌高裁平19.11.9LLI/DB判例秘書搭載では、

「学校側としては、当時の調査結果に基づく本件傷害事件に対する認識を正確に控訴人ら側に伝えた上で、その認識が控訴人ら側と異なるならば、学校側が上記認識に至った経緯を丁寧に説明してその理解を得るよう努め、それでも控訴人ら側の理解が得られないようであれば、紛争解決機関に問題を委ねるという態度をとるべきだった」

との判示がなされています。

 調査結果が被害者側の意向に沿うものでなかったとしても、その経緯を丁寧に説明して理解を得るように努めるべきとしています。

 指摘した裁判例はいずれも学校事故に関するものであり、芸能人・アイドルには直ちにはあてはまるものではないかも知れません。しかし、団体内でのトラブルに関して、適切な調査・説明を求める根拠として使う余地はあるでしょうし、労働契約がなかったとしても、法的に調査・説明を求めることを諦める必要がないことは、お分かり頂けるのではないかと思います。

4.労働契約でなくても、契約の解除が制限されることはある

 契約の解除に制限が課せられるのも、労働契約に限定されているわけではありません。一定の継続的契約に関しては、契約の解除に制限が課せられることがあります。

 例えば、福岡地久留米支判平18.9.22判タ1244-213は、新聞販売店が発行元による新聞販売店契約の更新拒絶の適法性を争った事案において、

「上記の諸事情に鑑みると、本件新聞販売店契約の更新拒絶には、信義則上、信頼関係の破壊等契約関係の継続が困難な事情が存在することなど、本件新聞販売店契約を終了すべき正当な理由が必要であると解される。」

と判示しました。

 「上記の諸事情」としては、契約の自動更新を繰り返してきたことや、販売店が多額の投資をしてきたことや、新聞販売契約の終了が生計の道を閉ざすものであることが指摘されています。

 この事案で裁判所は「正当な理由」はなく解除は無効であるとして、原告が

「新聞販売店契約上の地位を有することを確認する」

との判決を言い渡しました。

 一定の事実関係のもとでは、独立した自営業者間における契約の更新拒絶さえも無効とされる場合があるということです。

5.労働者性が希薄な事案でも、直ちに諦める必要はない

 労働者性の議論に持ち込めれば権利救済が容易になるのはそうだと思いますが、そこから零れ落ちたとしても、直ちに諦める必要はありません。

 労働契約がなくても、また、現行法の枠内でも、安全配慮義務、調査報告義務、説明義務、契約解除の制限などを導く法理はそれなりにあります。

 お困りの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。