弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラの立証-一部でも決定的な録音があれば、録音のない部分も立証できる可能性がある

1.セクシュアルハラスメントを立証するための録音の重要性

 業務上の指導との境界線が曖昧なパワーハラスメント(パワハラ)とは異なり、セクシュアルハラスメント(セクハラ)が業務上必要であることは殆ど考えられません。セクハラをする側も、悪いことをしているという自覚があるからか、衆人環視の中で行われることは決して多くありません。そのため、セクハラを立証するにあたっては、録音等の客観的な証拠を確保することが極めて重要な意味を持ちます。

 この録音は極めて強力な証拠です。録音があれば、言った/言わない の争いは一瞬で解決します。

 また、録音の効果は、録音された音声の存否に限られません。上手く録音ができず、供述が鋭く対立している部分においてセクハラを認定するための証拠になることもあります。セクハラを記録した音声データの存在は、それ以外の場面でもセクハラがあったことと整合的に理解されるからです。昨日ご紹介した、さいたま地判令4.1.13労働判例ジャーナル122-24 損害賠償請求事件は、そうした録音の威力が発揮された事案でもあるように思われます。

2.損害賠償請求事件

 本件は本訴事件と反訴事件とが併合審理されている事件です。

 原告になったのは元市議会議員の方です。

 被告になったのは市職員の方です。被告が二回にわたる記者会見で原告からセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けた事実を公表したことが名誉毀損にあたるとして、損害賠償を請求したのが本訴事件です。

 これに対し、被告が、セクハラを受けたこと等を理由に原告に損害賠償を求める訴えを提起し返したのが反訴事件です。

 被告は複数の場面におけるセクハラを主張しました。そのうち一部には録音がありましたが、録音などの客観的証拠がないものもありました。

 こうした証拠関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、概ね被告の主張に添う事実を認定しました。

(裁判所の判断)

「(1)本件二次会及び本件原告宅飲み会での原告の言動

 前記認定事実のうち、本件二次会及び本件原告宅飲み会における発言内容について当事者間に争いがあるものの、本件二次会及び本件原告宅飲み会の会話を録音した音声(乙2、3)に照らせば、前記認定事実記載の各事実が認められることは明らかである。

(2)本件懇親会での原告の言動

ア 被告は、原告が、本件懇親会において、被告が飲酒を控えている旨述べていたにもかかわらず、グラス一杯に酒をついだ上、『人についでもらうときは半分空けなさい。』などと述べた旨、被告の太ももを数秒間触った旨、被告を含む女性職員に対して、自らの股間を叩きながら『俺のここは使い物にならないけどな。』と2回述べた旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ そこで検討するに、被告の前記供述は、被告が本件懇親会の約1か月後である平成30年5月21日に、同僚の川越市職員に対して、本件懇親会で飲酒を強要され、太ももを触られた旨申告した事実(乙10-6)と整合する上、本件懇親会直後の被告とBとのメッセージの内容(前記認定事実(1)エ)や、被告が原告との酒席での会話を録音するようになったこと(前記認定事実(1)オ)とも矛盾しない。

 これらの事情に照らせば、本件懇親会に係る被告の前記アの供述は十分に信用できる。

(3)本件行政視察からの帰りの新幹線車内での原告の言動

ア 被告は、原告が、平成30年5月11日、本件行政視察からの帰りの新幹線から降りる際、レタスしゃぶしゃぶを調べておくよう言いながら、被告の手を触った旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ 被告の前記供述を明確に裏付ける客観的証拠は見当たらないものの、被告は、原告から手を触れられた際の自らの体勢や原告の行為態様について具体的に供述している上、原告が、本件懇親会において、初対面の被告の太ももを触るなどしていたこと(前記認定事実(1)ウ)からすれば、原告が唐突に被告の手を触ったという被告の供述内容は不自然ではない。また、被告は、原告に対して、自らの認識するハラスメント行為の内容等を回答した同年6月25日頃から、一貫して前記アの被害を訴えている(前記認定事実(9)イ)。

 これらの事情に照らせば、被告の前記アの供述は十分に信用できるというべきである。

(4)そのほかの言動

ア 被告は、《1》原告が、平成30年6月27日に、『次回の行政視察の帰りに都内に飲みに行こう。』、その場にいた男性職員は要らないなどと述べ、同月28日には、被告と打合せを行っていた産業建設常任委員会の正副委員長に対し、被告が『行政視察に来ないんだって。話聞いといて。』などと述べた旨、《2》同年8月22日、被告が結婚することを聞いて、『やっぱり男がいいか。』などと述べ、同月31日、『やっぱり男っていい。男に抱かれるっていいだろ。』などと述べた旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ そこで検討するに、被告の前記ア《2》の供述については、被告が、同日に、Bに対して、『また「やっぱり男に抱かれるのっていい?」と言われたわ... 決意が固まった』というメッセージを送信した事実(前記認定事実(5))とよく整合しており、その供述内容に不自然な点も見当たらない。
 前記ア《1》の供述については、これを明確に裏付ける客観的証拠は見当たらないものの、被告は、原告に対して、自らの認識するハラスメント行為の内容等を回答した同年6月25日頃から、一貫して同事実を訴えているし(前記認定事実(9)イ)、原告の言動に関するそのほかの被告の供述が信用できることは前記(2)及び(3)のとおりであって、被告が前記ア《1》の事実についてのみ虚偽を述べたとも考え難い。

 これらの事情に照らせば、被告の前記アの供述はいずれも信用できるというべきである。」

3.録音だけが決め手になっているわけではないが・・・

 本件の事実認定の構造は、大雑把に言うと、

本件二次会・本件宅飲み会のセクハラに関しては録音がある、

本件懇親会でセクハラが行われたことは、録音が行われるようになった経緯として整合する、

本件懇親会でセクハラが行われたことは、本件行政視察の帰りの新幹線の中でセクハラが行われたことと整合する、

被告のセクハラに関する供述は信用できる以上、「そのほかの言動」に係る被告の供述内容も基本的には信用できる、

というものです。資料になっているのは録音だけではありませんが、本件二次会・本件宅飲み会の録音⇒本件懇親会でのセクハラ⇒本件行政視察の帰りの新幹線の中でのセクハラ⇒その他諸々のセクハラ と、ドミノ倒しのように立証が繋がって行っているように見受けられます。

 ここで大本になっている本件二次会・本件宅飲み会では、次のような言動があったと認定されています。

(本件二次会-裁判所の認定)

「(ア)本件行政視察中の同月10日、広島県尾道市内のスナックで本件二次会が開催された。
 原告は、本件二次会において、被告に対して、『おまえさ、いい女だなあ。』、『彼氏いるって言ってたけど、そんなにいい男なの。』と述べ、『いい男です。あはは。』と答えた被告に対して、『もう一回言ってみな。』、『俺の方がいいで。』、『おまえの彼氏のことは、こっち置いて。』などと述べた(乙2・16頁)。
(イ)また、原告は、被告等に対し、他の川越市議会議員らと原告宅で飲み会を開催したことがあること、その際にレタスしゃぶしゃぶを食べたこと、原告の妻が不在であったために自らが料理を作ったことなどを話した上で、被告に対して『来る?』などと述べて、被告を原告宅での飲み会に誘った。
 これに対し、被告は『それは、もう、もうちょっと、もうちょっと親密度を深めてからやったほうがもうちょっと。』と述べて、原告宅での飲み会への参加に消極的な態度を示した。(甲2・17ないし20頁)
(ウ)その後、原告は、原告宅での飲み会の話題に関連して、被告に対して『作る?一緒に。』などと述べて、再度、原告宅での飲み会に誘った。これに対し、被告は『え。全然。そういう会があれば、ぜひ。はい。』と述べた。
 原告は、それに続いて、他の川越市議会議員等に対して、『俺んちへ来て、食事したでしょって。』、『私の女房がいないとき。』、『じゃあ今度は、今度は一緒に来ないかって言ったわけ。』、『それでさあ、俺んち、うち、女房いないんだもん。』などと述べた。(乙2・22頁)
ウ 原告は、同月11日、本件行政視察からの帰りの新幹線から降りる際、同新幹線車内において、忘れ物の有無等をチェックしていた被告に対し、レタスしゃぶしゃぶを調べておくよう言いながら、その手を触った(被告本人)。」

(本件宅飲み会-裁判所の認定)

「ア 被告は、平成30年5月14日、本件原告宅飲み会に参加した。同飲み会には、原告及び被告のほかに川越市議会議員3名が参加していた。
イ(ア)被告は、原告から飲酒を勧められた際、『いえ、ちょっと。胃の調子が、あまりよくなくて。』、『ちょっと、ほどほどでご勘弁いただいて。』などと述べて飲酒を拒んだものの、原告は、『いや、違うんだ。飲めば治るんだ。』、『飲めば治る、飲まないからだめなんだよ。』などと述べ、更に『すいません、ちょっと消化器がもともとあまり強くないもんですから。』と述べる被告に対して、『関係ないよ。』と述べた。(乙3の1の1・6頁、7頁)。
(イ)その後、原告は日本酒をコップ一杯についだ上、『空けなくちゃ次、飲めんぞ。』、『胃が痛いなんて、そんなこと考えるから胃が痛いんだよ。』、『胃が痛いっていうのは精神的なことなんだよ。』などと述べた(乙3の1の1・36頁ないし49頁)。
(ウ)さらに、原告は、被告が自らの勧めたワインを少量しか飲まなかったのを見て、『バカ言うじゃねえんだよ。ここに来てね、胃が痛いとかあれが痛いとか言うんじゃないの。』、『だったらなあ。』、『初めから来ないの。』、『来てねえ、あっちが痛いとかこっちが痛いとか。』、『よく言っとくから。委員会の書記は、A′さんはいらないからな。』(A′については、別紙呼称一覧表のとおりであり、被告の旧姓である。以下同じ。)、『そんなねえ、飲んでる最中から、あっちが痛い、こっちが痛い、とか言ってさ。』などと述べた(乙3の1の1・50、51頁)。
ウ(ア)原告は、テレビで補正下着のコマーシャルが流れ、画面に女性の姿が映った際、『ねえねえ、ああいう体?』、『ひでーよね、これ。』などと述べ、続けて、自らが高校生時代に交際していた女性について、胸が大きいと思っていたが、実際には小さかったという話をした(乙3の1の1・23ないし25頁)。
(イ)その後、原告は、他の川越市議会議員の肩が被告の胸付近に触れたのを見て、『おっぱい大きかった?』と発言した(乙3の1の1・60頁)。 
(ウ)また、原告は、沖縄への広報誌編集委員会の行政視察の話題に関連して、被告に対して沖縄に来るよう誘った上で、所轄が異なるため同行は無理である旨述べる被告に対して、『それも、ね、委員長の力だもんな。この人を連れていきたいっていうのはさあ。』などと述べた。
 そして、原告は、前記視察に被告が同行することを前提に、『P2と、誰かさんはさあ、部屋は一つでいいんだよ。』などと、本件原告宅飲み会に参加していた川越市議会議員の一人であるP2議員(以下『P2議員』という。)と被告が同じ部屋に泊まればいい旨述べた。これに対して、被告及びP2議員が『いやいや。』などと述べたところ、原告は『やるときは手を貸すよ。』と述べた上、他の川越市議会議員が『絶対手を出さないって一筆出してもらえばいいんでしょう?』と述べたのに続けて、『でも、手は出さなくても足は出すからね。』、『下半身。たくさん出るからねえ、下半身は。』などと述べた。」

 酷いセクハラを記録した音声データは、録音のない場面でのセクハラの立証に波及することがあります。そのため、セクハラの加害者に責任を問うにあたっては、とにかく一部でも録音をとることが極めて重要な意味を持ちます。